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兵達の怒声、剣と牙が交わる音、『魔獣』の咆哮……
もはや日常の一部になったけれど、やっぱり『人』と『魔』の入り乱れる異様な戦場には、異質な音が響き渡るものなのね。
私はそんな戦場の僅か後方にある丘陵の上でそんな異常な日常を俯瞰しながら、その時機を待っていた。
人が剣を振るって魔獣を斬り、
魔獣が爪を振るって人を裂き、
魔獣が喰い付き牙が肉を抉り、
人が槍を突き立て魔獣を穿つ。
戦場の至る所でおびただしい血が噴き出し鉄の臭いを漂わせ、斬り裂かれ引き裂かれ原型を止めない肉が飛び散って異臭を放つ。
人の絶叫と魔獣の断末魔が織りなす最低で最悪の不協和音がこの凄惨な戦いの讃美歌のよう。
戦いの場から離れたこの場所にまで漂う汗血肉片と『魔』から霧散する得も言われぬ臭い……
これらの異音が耳に障り、異臭が鼻腔を刺激して、慣れたとは言っても不愉快で顔をしかめてしまうのはやはり致し方ないと思うの。
「もうそろそろ戦況が動くな」
隣に立つ青髪の厳つい剣士ゴーガンが私に示唆するように呟いたので私は黙って頷く。
彼の戦いの趨勢を見極める眼は確かだと1年近くも相棒をやっている私は信じている。
果たして人類側の陣営が割れて、中央を雪崩の如く数多くの魔獣達が轟音と砂塵を撒き散らし、こちらへ迫って来るのは怖いくらいに圧巻ね。
まあ、作戦通りなんだけど。
使い慣れたワンドを掲げて――
「北よりの使者ボレアスよ、極寒の冷気と北の大地を切り裂く激しき風よ、汝に乞い願わくは我が敵を討ち滅ぼさんが為に走れ走れ疾く走れ!」
――私の呪を唱える声がけたたましい戦場に朗々と響き渡る。
途端に戦場中央を苛烈な勢いで肉迫していた魔獣に暴風が迎え撃ち、群勢の勢いが削がれていく。けれど、猛る魔の狂走を完全には止められていないみたい。
「フレチェリカ、もちっと強くできるか?」
簡単に言ってくれるわね。
先の魔獣達の勢いを抑えた大風の魔法はかなりの大魔法。
はっきり言ってこの要求は通常の魔術師になら無茶難題。
まあ、私は普通の魔術師じゃないんだけどね。
私は齢17にして『赤き魔女』の2つ名を持つ大魔法使い。
「疾く走れ、疾く走れ、我が声に応え疾く走れ……」
私が魔力を更に籠めて魔法に力を上乗せしていく程に、風の勢いが増していく。
そして遂に魔獣はその足を止めた。
その群れはちょうど戦場の中央で黒い球の様に固まって留まり、人間側の陣営はそれを布で包み込むが如く包囲した。
「決着だな」
ゴーガンの言葉に頷いて、私は再び|魔杖《ワンド》を掲げて先程とは違う呪を口にする。
「原初の火をもてプロメウス、小さき灯火を焚き起こし、我が敵をその贄となせ、盛れ盛れ燃え盛れ、汝の猛き焔よ燃え盛れ!」
人の軍隊に囲まれて右往左往していた魔獣の塊の中心で炎が立ち昇った。
「おいおい、まだ大魔法を使うのかよ」
呆れを含んだ声が隣から聞こえたけれど、私は無視して魔法の炎で魔獣共を焼き払うことに集中した。
「炎焔なれ、炎焔なれ……」
私が魔力を叩き込む様に注げば、炎の勢いが激しくなっていく。
まだよ……
この忌々しい黒い奴らを炎で真っ赤に染めて!
轟々と燃え盛る大火に焼かれ、黒が次々と火塵と化す。
もっともっと……
この私の憎悪ごと漆黒を焼き尽くして!
私の憎しみを焚き木にして、炎は私の激情を示すように燃え上がる。
そして、大きく舞い上がる炎により生み出された強い風が、私の真っ赤な髪を嬲る。
この胸に渦巻く憎しみが私の意志。
この強く激しい炎こそが私の象徴。
憎悪と焔が私の髪を妖しくらい真っ赤に染める。
これが私……
スターデンメイアの大魔法師、『赤き魔女』のフレチェリカ……