(ちょっと周囲の目が気になるけれど、これくらい、婚約破棄のためならどうってことないわ!)
「まあ、こちらの帽子も素敵ですわね。いただくわ。包んでくださる?」
テキパキと包まれたそれを前に、私はルキウスににっこりと微笑みかける。
意図を汲み取ってくれたルキウスは、「よっと」と言いながら新しい包みを抱え、
「今日は随分と買い込むね? マリエッタはいつもほとんど買わないから、こうした街歩きはあんまり好きじゃないのかと思ってたよ」
(う、バレてる)
さすがは長年の幼馴染。ルキウスの指摘通り、私はあまりこうした買い物が得意ではない。
ひとつは、人混みが得意ではないこと。
もうひとつは、あまり自分で”欲しい”と思うことが少ないから。
(好みよりも似合うかどうかとか、私が持つに適切かどうかが気になってしまうのよね……)
だからドレスも装飾品も、家で懇意にしている仕立て屋に頼み、ミラーナの意見を取り入れて決めている。
今日の買い物はあくまでルキウスに嫌われるためだから、ほとんど直感で買っているのだけれど。
(罪悪感……というか、ちゃんと使ってあげられるか心配でたまらないわね……)
「わ、私だって、たくさんお買い物をしたい日だってありますわ!」
そっぽを向いて告げた私に、ルキウスが「ふうん?」と覗き込むようにして首を傾げる。
それから「あ、ねえ、マリエッタ」と思いついたようにして、
「僕、ちょっと喉乾いちゃったんだよね。この近くでいいところを知ってるから、寄って行ってもいいかな?」
「あら、黒騎士様ともあろうものが、この程度でお疲れですの?」
ホッとした胸中を隠して、興ざめだとばかりに眉根を寄せてみせる。
とんでもない侮辱だと怒ってもおかしくはないはずなのに、ルキウスはちっとも気にした風もなく、
「あはは、鍛え直さないとだよねえ」
こっちだよ、といつもの調子で、ゆったりと先導を始めるルキウス。
ふらりと大通りから路地に入り込んだかと思うと、人通りのない道を歩いて行く。
「ル、ルキウス様……? 本当に、お任せして大丈夫ですの?」
「ヘーキヘーキ、任せてよ。……あ、ここだよ」
ルキウスがぴたりと足を止めたのは、赤い格子窓が目を引く、異国情緒たっぷりな家の前。
周囲から明らかに浮いている、その異様な雰囲気に圧倒されている私に、
「大丈夫だよ。僕は何度も来ているから」
安心させるように笑んで、ルキウスが「よっと」と扉を開く。
「やあ、ミズキ。少し休ませてくれる?」
ルキウスに促され店に踏み入れると、そこには長い藍色の髪をゆるりと束ねた、綺麗な長身の女性がひとり。
その装いは私達の着るドレスとはまったく異なる……そう、確かあれは”キモノ”という服。昔、ルキウスと一緒に見た異国の本に描かれていた。
髪に飾られた細い棒状のそれは、”カンザシ”という装飾品のはず。
先には雫のような小さな球体が連なっていて、動くたびにしゃらりと揺れる。
「なんだなんだ、久しぶりに見る顔だと思ったら、ルキウスじゃないか!」
(あ、あれ? 男の方??)
声の低さに感じた違和感が、顔に出てしまったらしい。
ミズキと呼ばれたその人は、朱色に塗られた目じりを和らげ「色男なもんで、よく間違えられるのさ」とウインクをひとつ。
途端、ルキウスが「へえ」と瞳を細めて、
「僕の目の前でマリエッタにちょっかいかけるなんて、覚悟は出来てるんだよね?」
「あー、やだやだ、心がせっまいたらありゃしない。ちょっとしたコミュニケーションってやつじゃないか。それに、私を虐めるよりも、さっさと座らせてあげるべきだと思うけどね」
どうぞ、お嬢さん。
軽い調子で手招いた彼が、木製のテーブルに添えられた椅子をカタリと引いてくれる。
「お会いできて嬉しいよ、マリエッタ様。昔っから一度連れてきておくれと頼み込んでいるのに、ルキウスったらいつだって一人で来るんだから」
「え、ええと、お会いできまして光栄ですわ。ミズキ様……で、よろしいのかしら?」
「おっと、ご挨拶が遅れて申し訳ないねえ。私のことはミズキと呼んでおくれ。年齢は秘密。ルキウスが小生意気な鼻たれ小僧の時からの付き合いなもんで、友達ってよりはうんと年の離れた兄って気分かな」
「そ、そうですの……」
(そんな昔からの知り合いだったなんて)
知らなかった。でも、当然かもしれない。
思えばルキウスは一度だって、自分から友人や交友関係の話なんてしたことがない。
と、ミズキ様が「なあに、そう深刻そうな顔をすることないよ」と袖で口を隠しながらけたけた笑って、
「ルキウスは昔っから心が狭いのさ。自分以外の男に、お前さんを紹介なんぞしたくないんだろうよ。恋しい相手が、横からかっさわれちゃあたまらないからねえ」
「えっ」
微妙にタイミングの良い話題に、ぎくりと身体が強張る。
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