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途端、空いた机に荷物を並べていたルキウスが、こちらの席に移動しながら、
「ねえ、お喋りはいいから、早いとこお茶を用意してくれないかな。僕は別にミズキと話に来たんじゃなくて、マリエッタと一休みしに来たんだけど」
「ハイハイ、こりゃ失礼いたしました。茶菓子はどうすんだい?」
「あれがいいな、魚の」
(魚の!?)
茶菓子に魚……?
私は聞いたことがないけれど、ミズキ様の国にある食べ物なのかもしれない。
訊ねたい衝動をぐっと耐えていると、ミズキ様は至って普通に、
「はいよ。そんじゃマリエッタ様、少しお待ちくださいな」
軽く首を傾げたと同時に、ミズキ様の髪飾りがしゃらりと揺れた。仕草の綺麗な人。
部屋から通ずる扉の奥に姿を消した彼の、残り香のような残影にぽーっとしていると、私の対面に腰かけたルキウスが「やっぱりねえ」と不貞腐れたように言う。
「マリエッタはミズキを気に入ると思ったよ。だから会わせたくなかったのだけれど、優先すべきは僕の我儘じゃなくて、マリエッタだからね」
なんの話だろうかと小首を傾げた私に、ルキウスは苦笑交じりに肩をすくめ、
「あんまり頑張りすぎちゃうと、足、痛めちゃうよ」
「! 気付いて……っ」
「そりゃ、何年も見てきたのだもの。歩き方がおかしければ、簡単にわかるよ。珍しくはしゃぎまわるマリエッタも可愛いけれど、無理して後に痛みが残ってしまっては、楽しかった記憶もおぼろげになってしまうしね。何よりも、マリエッタの身体が痛むのは、嫌だなあ」
「…………」
なんなの。なんなのよ、もう……!
好き勝手に連れ回して、大量の荷物持ちまでさせて。
使用人紛いの扱いをするなって。傲慢で我儘な女なんて、面倒で勘弁だって愛想を尽くして当然なのに……!
(なんでこんなに好き勝手されても、私の身体を気遣えるのよ……!)
「っ、ルキウス様には、名高き”黒騎士”たる矜持《きょうじ》はありませんの……!?」
わかっている。こんなの、ただの八つ当たりでしかない。
けれど理解できないのだもの。
どうしてこんな仕打ちをされてまで、私に優しく出来るのか。
「”黒騎士”の、矜持ねえ」
ルキウスが静かに瞼を伏せる。
「そんなもの、僕にはないよ。僕が騎士団にいるのは、国への忠義でも、ましてや王家への敬愛でもないのだから。僕はただ、マリエッタをいつでも守れるように、強くなりたかった。マリエッタを悲しませないために、他を黙らせる肩書がほしかった。この身ひとつで求め続けて、辿り着いた先が”黒騎士”だったってだけだよ。僕が誇れるのは、マリエッタへの気持ちだけかな」
「っ、人は、変わりますわ」
ギシギシと軋む胸中に耐えるようにして、ぎゅうと胸の前で両手を握りしめる。
「今の私は、ルキウス様が好いてくださった私ではありません。ルキウス様の好物と知っていて、卑しくも横取りをするような。贈っていただいた薔薇から色を奪い、街中を忙しく連れ回し、大量の荷物を持たせるような嫌な女なのです……! どうか嫌ってくださいませ、ルキウス様。恩を忘れ、あなた様の優しさを無下にする女に、情をかけてはなりません」
大切に、大切にしてくれていたのに。
直接伝えてもらうまで気づかなかったばかりか、私の心は、他に向いてしまった。
私はルキウスの、”婚約者”だったのに。
(なんてひどい裏切り)
自分がこんなにも、薄情だなんて思わなかった。
自分自身でも心から軽蔑するのに。それでもやっぱり、アベル様を想ってしまう。
(ずっと側で、こんなにも与え続けてくれていたのに)
どうして私は、ルキウスを一番に好きになれなかったのだろう?
「……そうだね。マリエッタは、変わった」
「!」
自分で言い出したことなのに、ズキンと心臓に突き刺さる。
私を見つめるルキウスは、どうしてか、これまでと変わらない愛おし気な瞳で、
「ねえ、マリエッタ。覚えてる? キミが僕に欲しいモノをねだってくれたのは、キミが初めてお茶会デビューを果たした、五歳の時が最後だよ。それからは、僕がいくらキミに訊ねようと、決して欲しがってなどくれなかった」
「……覚えがありませんわ」
「マリエッタが覚えていなくとも、僕は覚えているよ。だからね、キミが僕のチョコレートスフレを欲しがってくれて、心から嬉しかったんだ。僕にはマリエッタの心を隠さず、”欲しい”って言ってくれるんだって」
「え……?」
「ドライフラワーにしてくれた花だって、飾ってくれるみたいだし。マリエッタは心優しいから、きっと、飾られたあの花を見るたびに罪悪感に苛まれて、僕の姿を思い出すよ。僕としては、喜ばしい限りだね。それだけキミの心を独占できるのだから」
それにね、とルキウスは静かに立ち上がった。
呆然と見上げる私へと歩を進め、にこりと笑って床に片膝をつく。