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水晶のシャンデリアがニゲル王国の大広間を華やかに照らしていた。
磨き上げられた大理石の床。
色とりどりのドレスや燕尾服に身を包んだ貴族たち。
弦楽器の音色が優雅に響く大広間には、各国から招かれた賓客が集い、華やかな夜を彩っている。
その喧騒が、ふと静まった。
「ニゲル王国、第三王子ジント様のご入場です」
開かれた扉の向こうから、一人の青年が姿を現した。
黒い髪に、黒い瞳。
艶やかな黒のベルベットを基調としたタイトな燕尾服には、裾にあしらわれたレースが歩みを進めるたびに優雅に揺らめく。
スタンドカラーの黒いシャツは肌が浮かび上がるオーガンジー素材。
華美になりすぎない装いが、かえって彼の白い肌と、どこか儚げな雰囲気を際立たせていた。
人々の視線が、一斉に注がれる。
その中でも、ひときわ熱を帯びた眼差しを向ける者が四人いた。
北の軍事大国オーレリアの第一王子、ハヤト。
西の商業大国セルリアの第二王子、ダイチ。
南のルベウス王国の末弟、シュンタ。
東の神聖国アルジェントの第一王子、ジュウタロウ。
四人の王子は、それぞれ異なる思惑を胸にこの夜を迎えていた。
そしてジントもまたーー。
(さて、最後のゲームの始まりだ)
胸の内でそう呟き、ジントは柔らかな微笑みを浮かべた。
今度こそ、間違えない。
今度こそ、誰にも利用されない。
この四人を相手に、自分こそが最後に一人勝ちするのだ。
その決意を胸に秘めたまま、ジントは最初の一歩を踏み出した。
「ジント」
まず動いたのは、ハヤトだった。
金色の髪を揺らし、まっすぐに歩み寄ってきた彼は、挨拶もそこそこにジントの腰へ腕を回した。
「他の奴らの卑しい視線を集めるな。お前は俺の瞳にだけ映ればいい」
耳元で囁かれ、ジントは頬を染めたように俯く。
「ハヤト殿下っ……。皆様が見ていらっしゃいます」
「見るがいいさ。お前が俺のものだと、わからせてやる」
(相変わらず脳筋のくせに独占欲だけは一丁前だな、このセクハラ獅子め。毎回毎回、気安く触んじゃねえよ……)
顔には出さず、ジントは心の中で盛大に毒づいた。
オーレリアは大陸屈指の軍事力を誇る大国だ。
その第一王子であるハヤトは、武力を背景にあらゆるものを手に入れてきた。
その彼が今、何よりも欲しがっているもの。
それがジントだった。
「俺のものになれ、ジント。そうすれば、お前の国に手出しする者は誰もいなくなる」
「そんな……」
「お前が望むなら、他の奴らなど俺が潰してやる」
冗談を言っているようには聞こえなかった。
ハヤトにとって、ジントはただの政略結婚の相手ではない。
ニゲル王国が保有する貴重な魔晶石の鉱脈よりも、手に入れたいと思う存在なのだ。
ジントが自分のものになるのなら、父王の強大な思惑さえ退けるだろう。
その愛情が本物であることを、ジントは知っている。
そして、その愛情がどれほど恐ろしいものになり得るのかも。
(……冗談じゃない)
かつて、ハヤトはジントを抱いた。
檻に閉じ込め逃がさないとでも言うように、強く、強く。
その腕の中で、ジントは命を落とした。
首に残った圧迫感も、耳元で響いた声も、体温さえも。
思い出したくないのに、今でも鮮明に蘇る。
(お前が一番最初に俺を壊したくせに)
ハヤトの腕が、わずかに力を増した。
ジントは笑顔を崩さないまま、その腕からするりと身を離す。
「ハヤト様のお気持ちはとても嬉しいです。でもせっかくの夜ですから、ほかの皆様にもご挨拶をしませんと」
「ジント……」
不満げな声が背中に刺さる。
それでも、振り返らなかった。
ーー黄金の獅子。
その強大な牙は、使い方次第で自分を守る盾にもなる。
ただし、獅子に愛されるということは、その檻に閉じ込められることと紙一重だ。
ならば。
(その檻、今度は俺が利用してやるよ)
ジントは次の標的へと歩み寄った。
そこにいたのは、蒼碧の賢星。
セルリアの第二王子、ダイチだった。
「ご無沙汰しております、ジント殿下」
ダイチは優雅に一礼した。
整った身なりに、隙のない微笑み。 言葉遣いは丁寧で、物腰も柔らかい。
だが、その青い瞳は相手の価値を測る商人のそれだった。
「セルリアのダイチ殿下。こちらこそ、お会いできて嬉しいです」
「これはこれは。さらに美しさに磨きがかかりましたね。殿下とお話しできることを楽しみにしておりました」
「いえ、そんな……。私など、まだまだ未熟者ですから」
ジントは恥じらうように目を伏せた。
(よく言うぜ。俺の顔を褒めながら、頭の中じゃ鉱山の採掘権をどうやって手に入れるか計算してるくせに)
セルリアは商業と経済で大陸を支配する国だ。
そして、ニゲル王国の魔晶石鉱山は、セルリアにとって喉から手が出るほど欲しい資源だった。
ダイチがジントに近づく理由など、わかりきっている。
「ニゲルの鉱山は、大陸の未来を左右するほどの価値がある。だからこそ、殿下には相応しい協力者が必要でしょう」
「協力者、ですか?」
「ええ。セルリアならば、殿下のお力になれます。少なくとも、乱暴な男に好き勝手されるのを、黙って見ているつもりはありません」
ダイチはちらりと、ハヤトのいる方向へ視線を向けた。
穏やかな微笑みの奥で、計算が動いている。
「私たちなら、互いにとって有意義な関係を築けると思いますが」
「有意義な関係……」
ジントは考え込むふりをしたあと、そっと顔を上げた。
「ぜひ、殿下のお考えを聞かせていただきたいです。私には知らないことばかりですから……。その計画についても、もっと詳しく教えていただけませんか?」
ダイチの目が、わずかに細められた。
警戒ではない。
興味だ。
世間知らずの王子が、自分の話に食いついた。
その程度に思っているのだろう。
それでいい。
今はまだ、そう思わせておけばいい。
かつて計算外の出来事に絶望し、毒ワインの口付けで俺と心中した男。
(蒼碧の賢星。お前が欲しいのは、俺の国か。それとも……)
ジントは微笑んだ。
ダイチが何を求めているのか。
その答えはまだ得られていない。
だからこそ、今回確かめる価値がある。
甘い言葉を与え、手を伸ばせば届きそうな距離に立ちながら、決して本当のところには触れさせない。
そのうち、欲しくなるはずだ。
それが毒だとわかっていても。
自分が手に入れられないものほど、人は欲しがるのだから。
「ジンちゃーーんっ!」
不意に、明るい声が大広間に響き渡った。
振り向くより先に、ジントの腕へ誰かが飛びついてくる。
「もう、ハヤちゃんたちばっかりズルいって!俺だってずっとジンちゃんに会いたかったのに!」
「シュンタ……!」
南のルベウス王国の末弟、シュンタ王子。
赤い髪を揺らし、屈託のない笑顔を浮かべる彼は、周囲の視線など気にも留めず、ジントの腕にぎゅっと抱きついた。
「なあ、ジンちゃん。あとで俺とも踊ってな?」
「ふふ、もちろん。でも、あまり甘えてばかりでは駄目だよ?」
「えーっ、なんで?俺、ジンちゃんに会いたくてずっと我慢してたんやで?」
「もう、シュンタったら」
ジントは困ったように笑い、シュンタの赤い髪を優しく撫でた。
シュンタは嬉しそうに目を細める。
まるで、ずっと欲しかったものをようやく手に入れた子どものようだった。
(……こいつは、本当に変わらねえな)
シュンタの愛情は、四人の中でもっともわかりやすい。
会いたいと言う。
そばにいたいと言う。
好きだと、迷いなく伝えてくる。
その言葉に裏などないように見える。
実際、嘘ではないのだろう。
だからこそ、厄介だった。
かつてジントは、シュンタに愛を告げた。
それは生き残るための嘘だった。
彼の純粋さを利用し、味方につけるための計算だった。
だが、シュンタはその嘘を見抜いた。
いつも笑っていた彼の瞳から、光が消えた瞬間を、ジントは忘れられない。
(純粋さってのは、時にどんな策略よりも厄介なんだよな……)
シュンタは今も、疑うことなくジントに笑いかけている。
その笑顔を裏切るつもりはない。
少なくとも、今度は。
すべてを偽って彼の心を手に入れるのではなく、ほんの少しだけ本音を見せる。
弱さを。
恐れを。
誰にも見せたことのない、自分の一部を。
それをシュンタがどう受け止めるのか。
今度こそ、確かめる。
「ジンちゃん?」
「……何でもありませんよ」
ジントが微笑むと、シュンタは安心したように笑った。
その笑顔の奥に何が潜んでいるのか、今はまだ誰にもわからない。
ジント自身にさえ。
ふと、ジントは大広間の隅に目を向けた。
華やかな輪から少し距離を置き、静かに佇んでいる青年がいる。
白銀の髪に、涼やかな眼差し。
アルジェント神聖国の第一王子、ジュウタロウ。
白銀の魔導師と呼ばれる彼は、他の三人のように積極的にジントへ近づこうとはしなかった。
ただ、じっとこちらを見つめている。
「ジュウタロウ殿下」
ジントが声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。
「……本日も、息を呑むほどにお美しい。その麗しさが、どうか永遠のものでありますように」
「ありがとうございます。ジュウタロウ殿下にそう言っていただけるなんて、光栄です」
ジントはいつもの微笑みを返した。
だが、ジュウタロウの視線は、ジントの顔から少し下へと移っていた。
指先に嵌められた、黒い指輪。
その表面には、細いひびが走っている。
ジントは無意識に指輪を隠すように手を握った。
(……やはり見られたか)
ーーニゲルの蝕環。
古い伝承に名を残す、謎めいた秘宝。
ジントの運命に深く関わるこの指輪。
ジュウタロウは、アルジェントに伝わる古代の秘術に精通している。
以前から蝕環を探しているという噂も耳にしたこともあった。
そして、第四ループ。
彼はジントに、最期こう告げたのだ。
『どうか、これがあなたにとって最後でありますように……』
あの言葉が脳裏に蘇る。
「……ジント殿下」
「はい?」
「その指輪を、大切になさってください」
ジュウタロウはそれだけ言って、静かに微笑んだ。
その表情からは、何も読み取れない。
(こいつ、わかっているんだよな……)
ハヤトのように力で押さえつけてくるわけでもない。
ダイチのように言葉で探りを入れてくるわけでもない。
シュンタのように、感情をそのままぶつけてくるわけでもない。
ただ静かに、こちらの知らない何かを見つめている。
それが、ひどく不気味だった。
ジントは微笑みを崩さず、そっと一礼した。
「ご忠告、ありがとうございます」
ジュウタロウは答えず、再び視線を伏せた。
その横顔を見つめながら、ジントは胸の内で小さく息を吐いた。
武力を誇る黄金の獅子。
知略を巡らす蒼碧の賢星。
純粋な愛を捧げる紅の狂剣。
そして、秘密を抱えた白銀の魔導師。
四人とも、決して侮れない。
かつてのジントは彼らの思惑に翻弄され、選択を誤り、そのたびに破滅へと追い込まれた。
けれど、もう同じ道を辿るつもりはない。
彼らの愛も、欲望も、野心も。
すべてを利用する。
必要ならば、誰よりも無垢な顔で嘘をつく。
必要ならば、心を差し出すふりだってしてみせる。
それでも、最後に自分の未来を選ぶのは、自分自身だ。
(いいよ……。今度こそが本当に最後だ)
ジントは四人を順に見つめた。
唇に、静かな笑みが浮かぶ。
(四人揃って俺を陥れるつもりなら、その倍以上の地獄に突き落としてやる……!)
水晶のシャンデリアが煌めく大広間。
優雅な音楽と、華やかな笑い声。
誰もが祝宴の始まりを喜び、誰もがそれぞれの思惑を胸に秘めていた。
その中心で、ジントは微笑む。
誰にも悟られぬように。
誰にも奪われぬように。
そして、誰よりも狡猾に。
五度目にして、最後のゲームが静かに幕を開けた。
重田💋(omoda)
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零斗/ちょこれぃと
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コメント
7件
もうドキドキとどんなお話しになるのかいまから楽しみでしょうがありません!✨☺️ 新作ありがとうございます♪続きも楽しみにしています!
またまた大好きな雰囲気の世界観…!! 毎回素敵な違う世界を見せてくれてありがとうございます🙇 続きを楽しみにしてます🫶
初コメ失礼します🙇 わあ、神作の予感……!! ファンタジーでも特に大好きな死に戻りを💛さんでもやってくださなるなんて、こんなに嬉しいことはありません(語彙力)💕 comi様の描かれる美しいファンタジーの世界が大好きです🫶 続きを心待ちにしております!