テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
青い子
69
東雲 琴葉
2
くろぬか
3,233
【第一話:定時に終わらない殺業(前編)】
1. ターゲットは赤信号の先
「……なあ、春日。俺の勘が正しければ、あのターゲット、いま信号待ちの間にコンビニでガリガリ君買ってるぞ」
雨の降る深夜ふたつ目の交差点。路肩に停めたボロい軽トラの運転席で、佐藤(42歳)は缶コーヒーのプルタブを弄りながら呟いた。
助手席でスマホを操作していた春日(19歳)が、ダッシュボードに足を投げ出したまま、心底底怠そうにため息をつく。
「佐藤さん、それ『勘』じゃなくて『目視』っすよね。フロントガラス越しに丸見えなんで。あと、ダサいんで『ガリガリ君』とか口に出さないでください。雰囲気が安っぽくなるんで」
「安っぽいのは俺たちの報酬だろ。今回、一頭いくらだと思ってんだ?」
「一頭って言うな。人間っすよ。……まあ、手取りで15万っすけど」
「だろ? 15万の仕事にスタイリッシュな暗殺美学なんて求めてんじゃねえよ。俺は定時で帰って風呂入って、配信でアニメの続きが見たいんだ」
佐藤はため息をつき、ダッシュボードに置かれたレシートの裏に書かれた暗殺ターゲットの情報をチラリと見た。
【ターゲット】
名前:猪熊 勝(45歳)
職業:闇金「サンライズローン」幹部
罪状:組の金を3000万使い込み、海外逃亡を図ろうとしている。
指示:消去。遺体は目立たないように処理すること。
「……で、どうすんの? 佐藤さん。あいつ、当たりクジ出たらもう一本買う気っすよ」
「出ねえよ、大人買いしたソーダ味じゃあるまいし。……はあ、やるか」
佐藤は軽トラのドアポケットから、黒いビニールテープがガチガチに巻かれた15センチほどの棒状の物体を取り出した。
「それ、マジで使うんすか? 昭和の遺物じゃないすか」
「うるせえな。電動スタンガン(自作)だ。電圧だけは高圧電流並みだから、心筋梗塞に見せかけて処理できる優れものなんだよ。静かだし、血も出ない。ゴミ処理業者(=清掃員)の鑑だろ」
佐藤はレインコートのフードを深めにかぶり、軽トラのドアを開けた。湿った夜の空気が車内に流れ込む。
「春日、お前は車で待ってろ。エンジン切るなよ」
「はいはい。早くしてくださいね、TikTokのライブ配信始まるんで」
佐藤は返事もせず、雨の降り頻る歩道へと足を踏み出した。
2. 殺し屋の「定時」とプロの矜持
この令和の時代において、フリーランスの殺し屋という職業は著しくコスパが悪い。
監視カメラは街中に溢れ、Nシステムが車のナンバーを追い、通行人のスマホがいつ自分を盗撮しているかわからない。かつてのように「拳銃を一発ぶち込んで闇に消える」なんて芸当は、漫画の中だけの話だ。
現代の優秀な暗殺者とは、銃をブッ放す狂戦士ではなく、「死因を自然死偽装できる清掃員」のことを指す。
佐藤はその道15年のベテランだった。派手なアクションも撃ち合いもできないが、「心臓麻痺」「階段からの滑落」「重度の過敏性ショック」を演出させたら右に出る者はいない。
コンビニの自動ドアが開き、ビニール袋を下げた猪熊が出てくる。雨の中、傘もささずにガリガリ君を齧りながら歩き出した。
(無警戒すぎだろ……だから使い込みなんてポカやらかすんだよ)
佐藤は足音を殺し、雨音に紛れて猪熊の後ろへと忍び寄る。
距離、あと三歩。二歩。一歩。
右手に握りしめた自作スタンガンを、猪熊の首筋——頸動脈の真上に押し当てようとした、その瞬間。
「あ、すみませ〜ん! 猪熊勝さんですよね!?」
背後から、無駄に明るいハイテンションな声が響いた。
「あ?」
猪熊が振り返る。佐藤は寸前で手を止め、とっさに「ただの雨宿りしている通行人」のポーズを取って壁際に身を寄せた。
暗闇から現れたのは、蛍光イエローのレインコートを着た若者だった。手にはスマホをかざしている。
「え、マジで猪熊さんじゃん! ウケる! 俺、サンライズローンの顧客の友達の弟なんすけど! ちょっと今、TikTokで『闇金の取り立て屋に突撃してみた』って企画やってて〜!」
「ああ!? なんだテメエ、ふざけたカメラ向けてんじゃねえぞコロスぞ!!」
猪熊が激怒し、アイスの棒を投げ捨てて若者に飛びかかろうとする。
佐藤は陰から壁に頭を打ち付けたくなった。
(春日……! お前何やってんだバカ!!!)
3. Z世代の破天荒なバックアップ
春日はスマホを回しながら、ひらひらと猪熊の攻撃をかわす。ダンスをやっているらしく、身のこなしだけは無駄に軽い。
「うわ、こわーい! 暴力反対〜! 視聴者の皆さ〜ん、これが自称・裏社会のリアルっす!」
「ガキが調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
猪熊がポケットからバタフライナイフを取り出し、シャキンと刃を起こした。
(あーあ、刃物出しちゃったよ。めんどくせえな……!)
佐藤は溜息をつき、陰から滑り出ると、猪熊の背後に回り込んだ。今度こそ確実に、自作スタンガンを首筋にバチチッ!!と叩き込む。
青白い火花が散り、猪熊の巨体が「あぐっ!?」と変な声を上げて硬直した。白目を剥き、そのまま水たまりへと崩れ落ちる。
「……ふぅ。間一髪だな」
佐藤が息を吐くと、春日は撮影していた(ように見せていた)スマホをポケットにしまった。
「お疲れ様っす、佐藤さん。完璧なアシストでしょ?」
「アシストなわけあるかダボハゼ! なんで現場に顔出出してんだよ! 監視カメラに映ったらどうすんだ!」
「大丈夫っすよ、このエリアの防犯カメラ、さっき俺が近所のWi-Fiジャミングして録画データ飛ばしておきましたから」
「……お前、そういう無駄に高度な技術どこで覚えてくんだよ」
「ダークウェブの有料noteっす」
春日は転がっている猪熊の足をつかみ、ズルズルと路地裏へ引っ張り始めた。
「ほら佐藤さん、早く積まないと。雨で証拠流れるのはいいけど、俺の靴が濡れるの嫌なんで」
「お前の靴の心配かよ……。おい、車まで運ぶぞ」
ふたりは慣れた手つきで猪熊の巨体を軽トラの荷台に放り込み、ブルーシートをかぶせた。作業時間、わずか90秒。
「よし、これで任務完了だ。本部に連絡して指定の解体場に持ち込めば、今夜の仕事は終わり——」
佐藤が軽トラの助手席に乗ろうとした、その時。
荷台のブルーシートの中から、「ピロリロリ〜ン♪」と能天気な着信音が響き渡った。
4. 届いてしまった「余計な電話」
佐藤と春日の動きが止まる。
二人は顔を見合わせ、ゆっくりと荷台に歩み寄った。ブルーシートをめくると、気絶している猪熊のズボンのポケットが光っている。
「……出ない方がいいっすよね?」と春日。
「当たり前だろ。俺たちは殺し屋だ。ターゲットの電話に出るバカがどこに……」
佐藤が言いかけたその時、スマホの画面に表示された【発信元名】が見えた。
『協会・監査部(緊急)』
佐藤の顔から血の気が引いた。
「裏社会の統括協会からのダイレクトコール……? なんでターゲットのスマホに……?」
「佐藤さん、これ出ないとヤバいヤツじゃないすか? 放置したら『ルール違反』で俺たちまでターゲットにされるやつ」
「くそっ……!」
佐藤は冷や汗を流しながら、猪熊のポケットからスマホを取り出し、画面をスワイプして耳に当てた。声のトーンを低くし、猪熊のガラガラ声に似せて応答する。
「……もしもし」
スピーカー越しに聞こえてきたのは、合成された無機質な機械音だった。
『猪熊勝様。あなたの所有する使い込み資金3000万円について、重要なお知らせがあります』
「……なんだ」
『現在、あなたを排除するために派遣された清掃員(殺し屋)ですが——本日付で契約が解除されました。至急、指定のシェルターへ避難してください』
佐藤は目を見開いた。
「……は? 契約解除……?」
『繰り返します。あなたを狙う清掃員は、すでに『ターゲット』ではなく『消去対象』に変更されました。あなたを狙う暗殺者ごと、別の特別清掃員が向かっています。現場から直ちに脱出してください——』
プツッ、ツーツーツー……。
雨音だけが残された深夜の路地裏。
佐藤が固まっていると、隣で話を聞いていた春日が、引きつった笑顔でポツリと言った。
「……ねえ、佐藤さん」
「なんだ」
「俺たちの15万円って……もしかしてキャンセル料しか出ない感じっすか?」
「そこじゃねえよバカ野郎!! 俺たちが今から殺される側に回ったんだよ!!!」
闇の中から、カツン、カツンと金属のヒールがアスファルトを叩く音が近づいてきていた。
(後編へ続く)
コメント
1件
おお、第1話からめっちゃ面白かったわ!「清掃員」としての♡♡♡屋っていう設定がまず新鮮で、令和の暗殺ってこういう地味な仕事なのかって納得しちゃった。佐藤さんの「定時で帰ってアニメ見たい」って感覚、完全に共感性あるw で、春日くんのZ世代感と高度な技術のギャップがいい味出してる。最後の電話で一気に空気変わった展開、めっちゃ引き込まれた。後編が待ちきれん🔥