テラーノベル
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夕方。
窓の外の色が少しだけ変わった。
俺はソファに座ったまま、
何度目か分からないほど、同じ場所を見ていた。
何も起きていない。
それが、まだ少し落ち着かない。
___何か、しないと。
そう思った瞬間、
胸の奥がきゅっと縮む。
何かをするということは”評価される”ということだった。
うまくやらなければ怒られる。
でも、今は、
誰も見張っていない。
キッチンの方から包丁の音がする。
一定で、急がない音。
いるまだ。
俺は、立ち上がった。
音を立てないように。
癖みたいに。
一歩。
床がきしむ。
止まる。
___怒られない。
もう一歩。
キッチンの入口で、立ち止まった。
「……なにか、することありますか」
声が思ったより小さかった。
いるまはすぐには振り向かなかった。
包丁を置いてから、ゆっくりとこちらを見る。
「あるよ」
体が一瞬、固まる。
「……でも」
続く言葉が、
少し、違った。
「断ってもいい」
それだけで、胸の奥が揺れる。
「……じゃあ」
いるまは布巾を一枚、差し出した。
「これで、テーブル拭いてくれる?」
簡単すぎる頼み。
「できなかったら、途中でやめていい」
逃げ道もちゃんとある。
俺は布巾を受け取った。
指が震えている。
テーブルに向かう。
拭く。
ゆっくりと、
力を入れすぎないように。
___ちゃんと、できてる?
LANが通りかかって言う。
「思考、今すごく慎重。
悪くない」
すちは本を閉じて、少しだけ見る。
「その拭き方、
嫌な記憶引き出さないな」
みことはキッチンの奥から言う。
「その選択、未来は荒れてないよ」
こさめは机の向こうで、頷いた。
「こさ、嘘見えない。
ちゃんと頼まれてる」
誰も褒めすぎない。
誰も評価しすぎない。
拭き終わる。
布巾を、そっと置いた。
「……終わりました」
「ありがとう」
いるまは、
それだけ言った。
対価も、条件もない。
胸の奥が、じんわりするのを感じた。
___やっても、怒られない。
___断っても、捨てられない。
その両方が、
初めて同時に成立した。
俺はもう一度、キッチンを見た。
「……次も、なにかあったら」
自分の口から、
その言葉が出たことに一番驚いたのは
俺自身だった。
「声、かけてください」
「分かった」
いるまは、
いつも通りの声で言った。
夕方の光が床に長く伸びる。
妖怪たちはその光の中で、静かに揺れていた。
俺は思う。
___これが、
生きてるってことかもしれない。
電気が消えた。
でも、闇は来なかった。
ただ、暗くなっただけ。
布団の中で俺は目を閉じる。
___夜は、危ない。
体が勝手に身構える。
殴られる。
起こされる。
理由もなく。
でも、足音が来ない。
怒鳴り声もない。
代わりに廊下の向こうで、
誰かがコップを置く音がした。
生活の音。
妖怪たちは、部屋の隅にいる。
天井に張り付く影も、布団の端に座るものも。
でも、牙を向けない。
___ここは、人の家だ。
俺はゆっくり息を吸った。
怖い
でも、昨日より浅い。
「……大丈夫」
自分の声でそう言ってみる。
誰も返事をしない。
でも、嘘じゃない。
そのまま目を閉じる。
夢は、少しだけ見た。
逃げる夢。
でも今回は、
追ってくるものが、途中で消えた。
目が覚めたとき、
汗は少なかった。
布団を、強く握らなかった。
___また、寝られた。
それだけで嬉しいと感じた。
コメント
2件
めっちゃ面白かった!!ストーリーにめっちゃ引き込まれた!!笑笑 続きも楽しみにしてるね!