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「泉さん。夜会巻きとってもお上手ですね。いいなあ、大人っぽくて」
「あら、瞳子ちゃんはまだ20代なんだから、夜会巻きなんてしなくていいのよ。ゆるふわのまとめ髪、とっても可愛い」
「え、そうですか?不器用だからきちんと出来なくて。勝手にルーズになっちゃうんです」
「いいじゃない。自然な感じで」
5月の下旬。
アートプラネッツの仮眠室で、瞳子は洋平の奥さんである泉とパーティーに行く支度をしていた。
今夜はIT関連の企業が集まるパーティーがあり、外資系の企業も多いことから、夫婦揃って招待されていた。
35歳の泉は弁護士をしている才色兼備な女性で、今夜のブラックのスレンダードレスが良く似合っている。
瞳子は、ボルドーで胸の下で切り返してあるストレートラインのロングドレスにした。
「それにしても瞳子ちゃん、本当にスタイルがいいわね。私と同じローヒールのシューズなのに、こんなに背が高いなんて」
泉の言葉に、瞳子は、ん?と首をかしげて足元を見た。
いつも7cmはありそうなハイヒールをかっこよく履きこなしている泉が、ドレスアップした今夜に限ってローヒールなパンプスを履いている。
「泉さん、ひょっとして足を痛めてるんですか?」
「え?ああ、違うのよ。気にしないでね」
その時ノックの音と共に、洋平の声が聞こえてきた。
「泉、瞳子ちゃん。支度出来た?」
「ええ、今行くわね」
泉と瞳子は並んで部屋を出る。
すると洋平が、すぐさま泉の肩を抱いた。
「泉、足元気をつけて」
「もう、大丈夫だったら」
小声でやり取りする二人に、瞳子はまたもや首をひねる。
そしてハッと気がついた。
「い、泉さん!もしかして…?」
泉は洋平と顔を見合わせてから、ふふっと笑う。
「そうなの。実は妊娠しててね」
ええー?!と、オフィス中に皆の声が響き渡る。
「よ、洋平!お前、パパになるのか?」
「ああ、うん。まあ、そうなるな」
「ひゃー、びっくり!いや、その前に、おめでとう!」
透に続いて、皆も、おめでとう!と二人を祝う。
「泉さん。今夜のパーティー、無理しないでくださいね」
「ありがとう、瞳子ちゃん。洋平も、来なくていいって言ってくれたんだけどね。私は出席したくて、無理しないからって約束で行くことにしたの」
「そうなんですね。洋平さんがそばにいてくれるから、安心ですね。何かあれば、私もフォローしますから」
「うん。ありがとね、瞳子ちゃん」
そして六人は揃ってパーティー会場に向かった。
「わあ…、なんて素敵なの。お花もたくさん飾ってあって、とっても綺麗!」
会場となっているホテルのバンケットホールに足を踏み入れると、瞳子はうっとりとため息をつく。
天井には、まばゆいシャンデリア。
ゲストの装いも華やかで、瞳子はまるでおとぎ話の舞踏会に来たような気分になった。
「大河さん、とっても豪華なパーティーですね!」
にっこりと笑いかけてくる瞳子に、大河は思わず目を細める。
だが、会場中の男性が瞳子を見て色めき立っているのが分かり、瞳子の肩をグッと抱き寄せた。
「やあ、冴島さん。お久しぶり」
やや年配の男性が近づいてきて、大河に握手を求める。
「ご無沙汰しております、後藤さん」
「結婚したんだって?おめでとう!こちらが奥様かな?」
「はい、妻の瞳子です」
つ、妻…と、呼ばれ慣れない響きに顔を赤くしながら、瞳子は男性に深々と頭を下げる。
「初めまして、瞳子と申します。お目にかかれて光栄です」
「これはこれは、なんとも美しい奥様だ。冴島さんには、弊社のホームページの動画やコンテンツでお世話になっていてね。あ、失礼。医療機器メーカーを経営している後藤です。よろしく」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
瞳子が差し出された手を軽く握って握手に応えると、後藤はギュッと強く握り返し、親指でスーッと瞳子の手の甲をなでた。
思わず身体がビクッとなった時、大河がグッと瞳子の肩を抱き寄せて、後藤の手から引き離す。
瞳子はホッとして大河に身を寄せた。
大河は右手を瞳子の腰に回してピタリと抱き寄せると、左手で瞳子の右手を握り、後藤に触れられた感触を払拭するように優しく包み込んだ。
瞳子の心がじんわりと温かくなる。
「それでは後藤さん、またご連絡いたします」
丁寧にお辞儀をすると、大河は瞳子をかばうようにして歩き出す。
しばらくすると、今度は外国人男性に声をかけられた。
同じように「結婚したんだって?こちらが奥さんかい?」と瞳子に握手を求めてくるが、いつの間にか透と吾郎が近くに来て横から男性に話しかけ、仕事の話で気を逸らす。
やがて主催者の挨拶が始まり、乾杯を済ませると、アートプラネッツのメンバーは瞳子と泉をテラスの席に座らせた。
「いえーい、特等席だね!綺麗な夜景を見ながら、ここでのんびりしようよ」
そう言って透は、ビュッフェカウンターからたくさんの料理を盛り付けてきて瞳子と泉の前に並べた。
「お嬢様方、どうぞ」
「ありがとうございます!透さん」
瞳子はにっこり微笑むと、泉と顔を見合わせて、美味しそうに料理を食べ始める。
大河は挨拶回りで会場に戻ったが、瞳子はそのままテラスで皆と過ごした。
「泉さんのお仕事も、こういうパーティーはあるんですか?」
「時々あるけど、こんなに華やかではないわよ。みーんなスーツでおじさんがほとんどだし」
「そうなんですね。そんな中でお綺麗な泉さん、注目されるでしょうね」
すると洋平が、ギクリと顔を上げる。
「泉、そうなの?」
「そんなことないわよ。それにみんな弁護士だから、セクハラですか?って言えば、ピタッと辞めるしね」
「え、辞めるってことは、されそうになるんだ?」
「大丈夫だってば。お酒注いだ時に、少し肩を抱かれるくらいよ」
抱かれるくらい?って!と、洋平は憤る。
「まだまだ男社会だもの、それくらいは覚悟してるわよ。軽く受け流す度量がないと、やっていけないしね」
泉がそう言うが、洋平はうつむいたままだった。
「大丈夫だってば!家に帰って洋平が抱きしめてくれたら、ケロッと忘れるから」
「泉…」
洋平は隣から腕の伸ばして泉を抱きしめる。
「いつだって抱きしめる。だけど、なるべくパーティーは控えて。赤ちゃんもいるし、ほんの少しでも君に嫌な思いをして欲しくないから」
「洋平…。そうね。妊娠を公表して、もうパーティーは控えるわ。出産後も子育てを理由に、極力行かないようにする」
「うん。ありがとう、泉」
笑顔で頷き合う二人に、瞳子も、良かったと微笑む。
「くうー、いいなあ。あの洋平がこんなになるなんて。俺も早く結婚したいー!」
二人のラブラブぶりに、吾郎が堪らず声を上げた。
「神様ー、俺にも幸せを!」
両手を組んで拝む吾郎に、透は、あはは!と笑っている。
「透、お前はうらやましくならないのか?お前だって、未だに独り身だろ?」
「そうだけど。幸せそうなアリシア達を見てると癒やされるからね。それで満足さ」
「は?一体、どういう神経してんだ?」
吾郎が眉根を寄せる横で、透は、そう言えば…と、ジャケットの内ポケットに手を入れた。
「アリシア、ちょっと君に頼みたいことがあるんだ」
そう言って、DVDを瞳子に差し出す。
「これは?」
「二人の結婚式の映像なんだ。この間大河に渡したものとは、ちょっと編集を変えてある。アリシアの事務所に、由良ちゃんって子がいるだろう?」
「え?はい、いますけど…」
「君さえ良ければ、彼女に渡してくれる?」
「ええ…、分かりました」
なんだか腑に落ちない様子のまま、瞳子はDVDを受け取る。
ケースには『由良ちゃんへ』と書かれており、透の名刺が挟んであった。
「結婚式の時に彼女と少し会話してね。そしたらこの間、偶然バーで再会したんだ。アリシア達の結婚式の動画を編集してるって話をしてて、アリシアに聞いて大丈夫なら、見せてあげるって言ったんだ」
「そうだったんですか、分かりました。必ず渡しますね。ありがとうございます、透さん」
「うん、よろしくね」
透は、にこっと瞳子に笑いかけた。
帰りは、泉につき合ってお酒を飲まなかった洋平が運転して、皆を家まで送り届けてくれた。
「瞳子、お疲れ様。コーヒーでも飲む?」
「ええ。私が淹れますね」
「いいよ、俺がやるから。瞳子は座ってて」
結婚後に瞳子が引っ越してきた3LDKの大河のマンションは、リビングからそのまま広いオープンテラスに出られる。
瞳子と大河はテラスのベンチに座って、星空を眺めながらコーヒーを飲むことにした。
「パーティー、楽しかったな。みんなでたくさんおしゃべり出来て」
「そう?それなら良かった。けど、少しでも嫌な思いをするなら、瞳子は来なくてもいいんだからね」
「ううん、大丈夫。大河さんやみんなが守ってくれるし。それに大河さんがお仕事の話してるの、かっこよくて!」
「へ?俺、なんかしてたっけ?」
「うん。キリッとした顔つきで、年上の人とも対等にお話してるし、外国の人にはペラペラーって英語でやり取りしてて。私の旦那様は、なんて素敵なのーって。もう惚れ直しちゃった」
そう言って瞳子がふふっと笑うと、大河は顔を真っ赤にする。
「大河さん?あれ、固まってる?」
じっとうつむいて身を固くしている大河の顔を、瞳子は下から、ん?と覗き込む。
目の前に小首を傾げた瞳子の顔が現れ、大河は更にカチンコチンになった。
「大河さーん。あれ?もしもし?」
くりっとした瞳で上目づかいに見つめられ、大河はその可愛らしさに思わず瞳子をギュッと抱きしめる。
「ひゃっ!大河さん?急にどうしたの?」
「瞳子、可愛すぎてダメだ」
「え、どういうこと?」
「自分を抑えきれない。我を忘れるほど、瞳子が愛おしい」
大河は胸にきつく瞳子を抱きしめると、頬に手を添えて上を向かせ、強引に唇を奪う。
んっ…と瞳子が吐息を洩らし、大河は頭の中が真っ白になった。
腕の中の瞳子の柔らかい身体、耳元で聞こえる瞳子の甘い吐息、手に触れる滑らかな肌、そして直に感じるふっくらとした唇の艶やかさ。
研ぎ澄まされた大河の五感が瞳子の全てを感じ、心の奥底から愛しさが込み上げてくる。
こんなに強引に感情をぶつけて瞳子を怖がらせていないかと、かろうじて残っていた理性が働いた時、瞳子が自らの両腕を大河の背中に回してギュッと抱きついてきた。
「大河さん、大好き…」
囁かれる声に、大河は一気に想いを溢れさせる。
「瞳子、俺だけの瞳子…。愛してる」
考えるよりも先に言葉がこぼれ、身体が瞳子を求める。
自分に身を委ねてくれる瞳子に、大河はありのままの想いを注ぎ込むように何度も口づけていた。