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「お、お離しを……」
袖で顔を覆ったまま、姫は、声を絞りだす。
突然現れた人物は、無作法な事を行っている。しかし、袖の間から、かいま見える姿は、言葉に現しがたい、凛とした気品が漂っていた。今までの求婚者達とは、まるで違ったものを発している。
すぐに、警護の者達がやって来て、膝を付くと、帝、と、呼びかけた。
姫の袖は離され、歩み出た警護によって、帝は取り囲まれる様に守られる。
その隙に、姫は側仕えの使用人達と奥へ下がった。おそれ多い出来事から逃れる為に。
一方、帝が、縁側づたいに、姫の元へ運ばれたと聞いた翁は、なんとか上手く行ったのだろうと、安堵して、妻の老女へ、もてなしの用意を言いつけていた。
帝のお越しと、老女も張り切り、ささやかながらの料理を準備した。
が、警護のお付きに囲まれて、翁の前へ現れた帝は、浮かぬ顔。
翁は、恐る恐る、「いくばくか、皆様へのもてなし料理がございます」と、お付きに伝えて、様子を伺った。
広間に、用意されている、料理を、皆は堪能しているが、上座におわす帝は、やはり、浮かぬ顔。
翁は、姫と会えなかったと、察し、どう声をお掛けしたら良いものかと、広間の隅で小さくなっていた。
と──。
「翁よ、世話になった。すまぬが、これを、姫へ」
帝は、何かを書き付け、お付きに差し出す。
姫へ向けた、和歌だった。
還るさのみゆき物うく
おもほえて
そむきてとまる
かぐや姫ゆゑ
翁は、側仕えに急ぎ、姫へ届けるよう、そして、返事を書くように伝えろときつく言いつける。
言い付け通りに、側仕えは、姫の元へ行き帝からの歌を手渡した。
「姫様、帝は、なんと?」
「はよう、返歌をお送りせねば」
使用人達は、口々に、姫君へ語りかけるが、帝からの歌を受け取った姫は、ややもすると、泣きそうな顔をする。
「……私の心が帝へ背を向けたので、こちらへ背を向けて帰らなければならないと、今日の訪れは心残りだと……」
まあ、やはり、などなど、側に控える者達は、口々に勝手な事を言い、ため息をついている。
「相手は、帝。身分も、いえ、それよりも……。私は、そもそも……帝のお心に、お応えすることは、できないのだから……」
姫は、苦しげに言って、涙した。