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翌朝、私とマリアンヌは寝坊した。
私が目覚めた時には、時刻は朝食の時間を過ぎ、ルイスが屋敷を出る時刻へ近づいていた。
それに気づいた私は、隣ですやすやと眠っていたマリアンヌの身体を揺らして起こした。
「ん……、おはようロザリー」
「お姉さま! 大変です!!」
目覚めたばかりのマリアンヌに現状を説明する。
私の話を聞いたマリアンヌは私のクローゼットへ駆けだした。
「ロザリー、今日はこれとあれとそれが似合うと思うわ」
マリアンヌはクローゼットから小花柄の青いワンピースと同色の銀の飾りがついたかかとの高い靴、黄色い薔薇のピアスに、三人で街へ出掛けた時に購入した緑色の飾り石のついたネックレスを持ってきた。
私はマリアンヌが選んだものを身に着けてゆく。
「さあ、ここで化粧して」
「お姉さま、あの……」
「髪は私が結わえるわ。リボンを一緒に編み込みたいのよね」
「ありがとうございます。お姉さま」
身支度を済ませた私は、ドレッサーの前に座る。
化粧用具を取り出し、それらを使って顔を整える。
そのあいだ、マリアンヌはコームで私の髪をすく。
髪を結わえられる前に、私は引き出しからリボンを取り出し、それをマリアンヌに渡した。
このリボンはルイスから貰ったプレゼントに結ばれていたもの。
夜中のお喋りで話したから、渡しただけでそれが何か理解してくれている。
「まったく……、お父様も大人げないわ」
「寝坊をしたのは、私とお姉さまが真夜中までおしゃべりをしていたせいでは?」
「いいえ! 私はともかく、ロザリーでしたらメイドが起こしに来たら目覚めているはずよ」
「昨日は遅かったですし……、熟睡したかもしれませんよ」
私の髪を結わえながら、マリアンヌが深いため息とともにクラッセル子爵の愚痴を呟いた。
マリアンヌが言いたいのは、私たちが寝坊をしたのはメイドが起こしにこなかったのではないか、ということだ。
昨夜は互いに夜更かしをしていた。
朝が弱いマリアンヌはともかく、私ですら熟睡するのではないかというくらいまで。
「いいえ、これはお父様の”いじわる”よっ」
「私とルイスを会わせないようにするために?」
「ええ! 交際を許したとはいえ、お父様はまだルイスのことを認めたくないのよ」
私たちの異性関係に目を光らせていたクラッセル子爵だったらやりかねない。
昨夜、私をルイスの部屋へ行かせなかったように、私に会わせないように帰らせようと企んでいるとしても、おかしくはない。
「お義父さまの企みごととはいえ、私たちが寝坊したのは事実です」
「そうね。急げば間に合うものね」
「はい」
「さあ、結い終わったわ。急いでルイスに会いにいってらっしゃいな」
「お姉さま……、行ってきます!」
マリアンヌの髪結いが終わった。
顔も整った私は、手伝ってくれたマリアンヌに感謝の言葉を告げ、部屋を飛び出した。
「ねえ、ルイスはどこにいるか知ってる?」
「……お客人は屋敷の外におります。子爵様が対応しております」
「ありがとう!!」
私は近くにいたメイドにルイスの行方を聞く。
いつもは仕事中でも、私の質問に笑顔で応えてくれるメイドも、小さな声でぼそっと呟いた。
周りを気にしていることから、主人であるクラッセル子爵の意に反した命令をしているのだと分かる。
私は教えてくれたメイドに感謝し、靴に躓かないように注意を払いながら踊り階段を下りた。
そして急ぎ足で屋敷を出る。
「ルイス!!」
外にはクラッセル子爵とルイスがいて、そして馬車があった。
私はルイスの元へ駆け寄る。
「あっ」
注意をしていたのに、最後の最後で気が抜けた。
靴に躓き、前のめりに体のバランスを崩してしまったのだ。
けれど、私は転ばなかった。
私の頬は鍛え上げられた胸板に強く押し当てられる。
「ロザリー、見送りに来てくれたんだな」
息苦しいけれど、大好きな人に抱きしめられているのだと実感する。
私はルイスの腰に腕をまわした。
もう少しこのままでいたかったけれど、クラッセル子爵がわざとらしく咳払いをした。
ルイスとの抱擁が解かれる。
「転びそうになった娘を抱きとめてくれたのは感謝しよう。だが……、接触が長いのではないか?」
「しばらく会えなくなりますから、恋人を抱きしめていただけですが」
クラッセル子爵が静かに怒っている。
ルイスは私の手をぎゅっと握った。
「俺とロザリーは恋人ですから。彼女に触れるのは当然でしょう」
「一日で仲がそこまで進展するとは思えないが――」
これでは、ルイスとクラッセル子爵の言い争いで時間が過ぎてしまう。
私は二人の会話に割って入った。
「お義父様」
「ロザリーは黙っていてくれないか」
「黙っていられません! 私はルイスを愛しています。なのに、別れの挨拶もさせてもらえないのですか?」
「そ、それは――」
「お義父さまとした約束は守ります。ルイスにも守らせます。ですから、今の時間だけは邪魔しないでください」
「……本気なんだね」
「はい」
私は自分の気持ちをクラッセル子爵にぶつけた。
私の主張を認めてくれたのか、クラッセル子爵は私たちに背を向け、屋敷に入って行った。
「私、編入試験に合格して、トゥーンへ行くから!」
「ああ。待ってる」
私はルイスに自身の決意を告げる。
それを聞いたルイスは口元を緩め、はにかんだ笑みを浮かべる。
空いている手で、私の頭を優しく撫でてくれた。
「今日も、付けてくれてるんだな」
ルイスはリボンに気づいた。
私のことをずっと見ているルイスのことだ、昨日と同じものであることはすぐに分かっただろう。
「うん。あと、ネックレスもつけてる」
「俺もだよ。だけど、あれ、マリアンヌも持ってるよな」
「三人でお揃いのものを買ったから――」
今日はマリアンヌと三人で出掛けた際に買ったネックレスも身に着けている。
服の下にルイスも身に着けているのも知っている。
お揃いだけど、これはマリアンヌも持っている。
このネックレスは友情の証。
私とルイスとマリアンヌの関係を示すものであり、私とルイスだけのものではない。
「次のデートで、お揃いのアクセサリー、買いに行こう」
「……うんっ」
話題が途切れたところで、ルイスがトゥーンでのデートの案を出してくれた。
編入試験に合格すれば、ルイスとデートが出来て、お揃いのアクセサリーが手に入る。
「ルイスは人をやる気にさせるのが上手ね」
「まあな」
「……もう、帰らないといけないのよね」
「ああ。だから――」
頭を撫でるのをやめ、握っていた手を放し、私の両肩に手を置いた。
私はルイスの顔をじっと見上げていた。
ルイスの端正な顔が近づく。
(かかとの高い靴を選んでよかった)
ここで、私は身支度を手伝ってくれたマリアンヌに感謝する。
かかとの高い靴を履いたことで、ルイスとの身長差がすこし縮まったからだ。
身長差が縮まらなければ、ルイスの体勢が辛かっただろうから。
私は目を閉じ、ルイスと別れのキスをした。