「辰哉、そこまで一緒に行こう」
「うん」
朝。 学校へ向かう時、何かと自分を気に掛ける父親に声を掛けられ、ごみ袋を二人で分けて持つ。予定日も近づき、母親は昨日、実家に帰ったばかりだった。これでしばらく、慣れない父子二人きりの日々が始まる。昨日までは母親が明るく間を取り持っていてくれたが、今日からは本格的に二人暮らしだ。
父親は、辰哉と並んで歩きながら、夕飯のリクエストを訊いてきた。
「何でもいいよ」
「そうか」
「そもそも、涼太さん、飯作れんの?」
「あれ?食べたことなかったっけ。俺、結構料理するよ?」
「へえ…」
深澤辰哉の新しい父親は、母親より若かった。年齢は前に聞いたけど、もう忘れた。いつも落ち着いた雰囲気で、優しい目をした、真面目そうな人だ。父というよりは、年の離れた兄貴のような存在で、照れ臭さもあって、まだ辰哉は彼を父とは呼べていない。
この土地へ引っ越してきたのは、この新しい父の転勤が決まったからだった。2か月先に単身赴任をしている父を追って、辰哉もこっちの学校へと転校してきた。親たちの都合に振り回され、地元の友達と別れることになったが、おかげで亮平やこっちの友人と新しく知り合うことができた。そういう意味では辰哉はこの父に感謝すらしている。
辰哉はいつも思う。
人生は、どう転ぶかなんてわからない。深刻になりすぎず、流れに身を任せて、楽しい方へ進め。そして時が来たら、自分の人生は自分で切り拓け。これは、長く家族と不遇だった辰哉の根幹を作る、人生哲学のようなものだった。
亮平を初めて見た時の衝撃を、辰哉は忘れることができない。
理知的な雰囲気とはアンバランスな可愛らしい顔立ち。華奢な体躯から伸びるすらっとした長い手足。涼やかな口調。そして一番惹かれたのは、その、どこか陰を持った佇まい。
亮平の持つ溢れんばかりの魅力に、辰哉は、一目で虜になってしまった。小さな頃から底抜けに明るくて、人や物事の中心に常にいた辰哉が、物腰が柔らかくて、優しく美しい、しかし少し訳ありの優等生に惹かれる。そんな物語のような展開が、この自分の身に訪れるだなんて思わなかった。
本当に、人生って面白い。
そんな達観した想いを持ちながら、持っていたごみ袋を指定の場所に捨てると、父親がふと、訊いてきた。
「高校に入ったら、その…苗字は」
「あ。俺、このまま母さんの苗字でいくつもり。涼太さんの苗字もカッコいいけど、何度も名前変わるの慣れないし。別にいいでしょ?」
「あ、うん。そうだね」
深澤。これは、母親の姓。
父は、宮舘涼太といった。
母の再婚相手である宮舘は、新しくできた年頃の息子の、大人びた態度にいつも少し気後れがしていた。自分が高校生の頃はどうだったろうか?こんなふうに自分も堂々としていたろうか。今ではもう思い出せない。瞼の裏には初恋の人が浮かぶ。翔太はもっと子供らしい子供だったけれど…。
辰哉は遠くに友人を見つけたらしく、自慢の金髪を靡かせ、じゃあね、とそちらに手を振りながら去って行った。宮舘は、血の繋がらない息子を眩しそうに見送った。
「亮平!一緒に行こうぜ」
「ふっか、おはよう」
今日も亮平は可愛い。
朝から会えるなんてラッキーだ。
亮平は、辰哉のする話に色んな表情を見せる。驚いていたり、何やら考えていたり…。それでも最後はいつもよく笑う。そして今朝は愛する亮平の口から辰哉にとって特大の褒め言葉が飛び出した。
「ふっかが来てくれてから、俺、毎日学校が楽しい」
辰哉は嬉しかった。そして、もっとこの可愛い笑顔を見ていたいと思った。
校門を潜ると、グラウンドからおーい、と手を振る声。朝練が終わったのか、一つ下のあいつが駆け寄って来た。
「おはよ、亮平」
「おはよう、蓮。朝練、お疲れ様」
「ありがとう」
少し前まで反抗期真っ盛りで、子供っぽい顔つきだった向井蓮が、ちらりと辰哉を見ると、マウントを取るように、ふふんと鼻を鳴らした。亮平はそんな二人を見比べながら言う。
「もう。二人とも仲良くしてよ」
辰哉のもちろん、という言葉と、蓮の嫌だね、という言葉が同時に重なる。
数秒の間があって、亮平が笑い出した。
「二人、いい友達になれると思うんだけどな」
「亮平。俺たち恋敵なの」
「そうだったっけ?」
亮平はけらけらと笑いながら、先に昇降口の方へと行ってしまった。
残された辰哉と蓮は牽制し合い、いつものように、どっちが勝っても負けても恨みっこなしだからという意味でグータッチを交わす。
別れ際に蓮が言った。
「お前、前の学校でサッカーやってたってホント?」
「んー。まあな。お前みたいなガチなやつじゃないけど」
「ふーん。今度の週末、暇?」
「は?一緒にサッカーしようとかは無しな。もう俺、体力ねぇから」
「ちげーよ。今度、うちの部の試合があるんだけど、亮平呼んでて…」
「………」
「そしたら、アイツがお前も呼べって言うから、いちお、お前も誘ってやる」
「いちいち癪に障る言い方すんな、ガキ」
「うるせー、じじい」
「あ、お前、今のそれ、俺と同い年の亮平にもかかってるからな」
「うそうそ!お兄様!!」
蓮が慌てて訂正すると、辰哉はさも可笑しそうに笑った。昇降口から亮平が辰哉に向かって手招きをしている。この三角関係は、今では不思議なバランスを保って成立していた。
「よし。先輩が見に行って、ありがたいアドバイスをしてやる」
「……そこで俺、ゴール決めたら、ちゃんと言うから」
「………かっけーじゃん。ゴールできたらな」
「俺が上手くいっても恨みっこなしな」
「当然。お前が振られたらそれこそ俺の出番だし」
そして二人は、再び、今度はさらに気持ちの篭ったグータッチを交わしたのだった。
コメント
18件
え〜待って、待って!頭の中で整理できない! 相関図書かねば〜🤣🤣
グータッチかっけぇ... だてさんがふっかの父様?! いろいろ分かってきてる?

すんご〜い‼️‼️‼️見事に繋がっていたんですね😃😃 舘様が、ふっかのパパだったんだぁ❤️