スマホが鳴り、重い身体を引き摺って、布団から何とか起き上がる。表示された発信者を見ると、それを無視して翔太は一口水を飲んだ。
俺は卑怯だ、と思う。
幼馴染からの突然の好き、に流されて、あの日、あっさりと抱かれた。
涼太との付き合いは今のところ順調だった。
子離れをするためにも、ほんの少しの間、寄り掛かるだけの添え木みたいな彼氏が欲しかった。
久しぶりに会った涼太は、頼もしくも逞しい大人の男に成長していて、水仕事で荒れた手を、大変だったね、と言って繰り返しさすってくれた。
俺の初恋は、涼太だった。
物心つく前から大好きで、ずっと彼のそばを離れなかったことを覚えている。まだ好きと愛との区別もつかなかった小さな頃から、俺のヒーローは涼太で、出しゃばりこそしなかったけれど、いつも黙って優しく近くにいてくれた気がする。
高校2年の夏。
可愛いなと思っていた後輩の一人から、告白された。そいつは情熱的で、会うたびに、可愛い、綺麗だと繰り返し俺を褒めそやした。二人きりでいる時も、みんなといる時も、俺がいくら赤面して、怒ったり、無視したりしても、好きだというのを止めなかった。いい加減困って、涼太に相談したら、付き合ってみたらと言われた。
『お似合いだよ。照になら、安心して翔太を任せられる』
二人は俺の知らぬ間に陰で仲良くなっていて、涼太が言うなら、と付き合い始めた。ちっとも自分のことを恋愛対象として見てくれない涼太への反発心もあったかもしれない。
そして俺は、涼太が胸に何を隠しているのかも知らないまま、照の優しさに、愛情に、だんだんと絆されていった。そして、俺はいつの間にか涼太のことを過去にしてしまっていたんだ。
照との再会は、計算外だった。
ようやく涼太と結ばれ、さあ、これからだというときに、バチが当たったんだと思った。
欲張りな俺が、愛してやまない亮平がいるのに、恋をした罰だと。照はまぎれもなく亮平の父親で、15年経った今も、俺だけを求めてくれていた。
二人のどちらを好きかなんて決められない。
二人の好きを比べるなんて、そもそも失礼だ。
ここのところ、涼太から届くメッセージも、照からの着信も、勝手とは知りつつ、受けて返すのがだんだんと億劫になっていた。
翔太は、鳴り止まないスマホが、やっと止まり、着信履歴が残ったそれを怖々取り上げた。ピコン、とメッセージが入る。思わずビクッとして、薄目を開けて見ると、そこには岩本からのメッセージが短く表示されていた。
今夜、店に行く。
そう、書いてあった。
「ただいまー。お母さん、起きてるの?」
何も知らない亮平が、可愛らしく、嬉しそうに帰って来た。
ここのところご機嫌で、屈託なくよく笑うようになった。
進路問題は相変わらず意見が平行線だけれど、亮平なりに思うところはあるらしく、翔太への当たりがあの日より、少し、柔らかく優しくなった気がする。亮平はえへへ、と笑った。
「帰って、お母さんが起きてると嬉しいな」
「そう?俺も亮平と話せて嬉しい」
腕の中に包もうと、両手を広げると、今では逆に自分より少し大きくなった亮平に見下ろされ、自分の方がその腕にすっぽり包まれてしまった。
背が高いのは、照に似たのか。
眩しいような、少し寂しいような気持ちで亮平を見上げる。
「顔は、ちっちゃな時と大して変わんないのに」
「えへへー。何、それ」
亮平はきゅっ、と翔太を抱きしめると、んー、まだちょっとお酒臭いね、と笑った。
そして、照れ臭そうに訊いてくる。
「母さんが、岩本さんと付き合ったのっていくつの時?」
「え、なんだよいきなり」
翔太は亮平自身の口から発せられた、岩本の名に少なからず動揺していた。今夜、岩本が店に来るというタイミングで、こんな話になるなんて。偶然にしても、出来すぎている。
「なんか、知りたくなった。お母さんも恋をしたの?」
「17ん時。だから、亮平にはまだまだ早いな」
えー、と言って、頬を膨らませる亮平が可愛くて仕方ない。この子も恋をしているんだろうか。そしていつか、自分に恋人を紹介してくれる日が来るんだろうか。
まだ見ぬ亮平の恋する相手に、いつか会ってみたいなと、久しぶりに華やぐ部屋の中で、亮平の初々しい質問攻めはしばらく続くのだった。
コメント
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続き楽しみだなあ😊❤️💙も💛💙も丸く収まるといいんだけど🥹

