「アルベド?」
違う。
首を振る。もう一度目を開けば、見えたはずの、鮮明な紅蓮は、少しだけ陰りを見せている。見間違いだったのだろうか。
「あ、ラヴィ……」
「何さ、その顔。鳩が豆鉄砲を食ったような、顔して。酷いなあ。俺の事忘れちゃったの?」
「ラヴァイン・レイ」
「うん、レイ公爵家の次男。ラヴァイン・レイ」
「何で」
「何でって。別に、俺は聖女殿に入り浸っていただけで、退居届けとかもいらないし、元々、あそこに住んでいた人間じゃないからね。」
「じゃなくて」
「何でついてきたかってこと?」
「うん」
「てか、アルベドって言いかけた?」
「え……あ、うん」
アンタの髪色って、そこまで綺麗じゃないじゃん。って、そう、言いかけそうになった。比べるなって言われそうだし、義兄弟っていう関係でもないから、なんで若干の髪色の違いがあるのか分からない。けど、ラヴァインの髪色は、アルベドよりもくすんでいる。それだけは、覚えている。アルベドの髪色があまりにも鮮やかだから。
だからこそ、見間違い? でも、私が、アルベドの髪色と、ラヴァインの髪色を間違えるわけがないし……違和感。
「……で、えっと、なんで」
「理由必要?」
「知りたいに、決まってるでしょ……」
それ、それが聞きたいの、と私が距離を取れば、距離を取ったことに関して、ガッカリしたように、ラヴァインは肩をすくめる。
何で彼はここにいるのか。そう言えば、私を送り出すとき、いなかったなあ、何てことぼんやりと思い出していた。まあ、そんなことはどうでも良くて、追いかけてきたということなのか。
私に関わるって、これからかなり、肩身の狭い思いをする事になるんだけど。
いや、闇魔法の家門だし、元からそうなのかもだけど。なんて、失礼なことを思いながら、私は信じられないと首を横に振る。
「話し聞いてたの?」
「うん、聞いてたよ」
「じゃあ、何で、何でついてきたの。アンタまで、巻き込むつもりないけど」
「じゃあ、何処に泊るのさ」
「何処でも良いでしょ。アンタには関係無いわよ。やめてよ」
「縋る対象がいること?」
「……っ」
飛んできた、鋭い言葉に対し、私は絶句する。
私の心を抉るような言葉を言うから、私は、思いっきりラヴァインの胸をなぐってしまった。彼は、それを避けるでなく、受け止めて阿呆みたいに「うぐっ」なんて、痛そうな声を漏らす。良ければ良いのに、何で受け止めたのか。
「良いじゃん、縋っても」
「ダメ。私がいるから、皆不幸になる」
「いつから、そんなマイナス思考になったの?エトワールってそうだった?」
「アンタが一番知ってるじゃん。私が、マイナス思考だってこと。アンタ、前に私に直接いったじゃん、覚えてるんだからね」
「そうだね」
「じゃあ、言わないで。マイナス思考になって何が悪いの?もう、こんなの、仕方ないじゃん。なって、仕方ない」
「確かにね。でも、災厄のせいには出来ないよ」
「するつもり何てない」
別に言い訳をしたいわけでも何でもない。なのに、ラヴァインはそんなことを言ってくる。これ以上、私を追い詰めて楽しいだろうか。彼の真意が分からなかった。
私に関わったら、不幸になる。それは、そうでしょ、分かるでしょ、って私は言ったんだけど、ラヴァインは理解してくれなかった。
縋っても良いって、縋りたくない、巻き込みたくないって思っているのに。
「じゃあ、こういうのはどう?俺が勝手についてきているって考えるの」
「そんなの」
「空気だって思えばいいわけじゃん。ほら」
「ほら、じゃないのよ……ほんとに、最悪。アンタ、アルベドみたい」
「血が繋がってるから」
「正論は聞いてないのよ」
心配するような笑みも、同情の表情も、いらない。それに縋ってしまいそうになるから、やめて欲しかった。
何で、彼はついてきたんだろうか。あのまま残ってくれていれば良いのに、公爵邸に戻れば良いのに、何で私についてきた? もしかして、ラヴァインも居場所がない? 何て思ってしまった。失礼すぎる。私と一緒じゃないのに。
「アンタは何したいの」
「エトワールの隣にいたい」
「だから、不幸になるわよ。死ぬかも知れない」
「死んでも良いじゃん」
「良くないでしょ。私がよくない。アンタが死んだら、私、アルベドに顔向けできない」
「別にしなくていいじゃん」
「何で」
一方通行だった。どちらも、譲れないものがあって、言い合っているだけで、話が進んでいかない。本当はついてきてくれて、嬉しかったとか、そう言うのを言いたかった。でも、縋ったら、また、エトワール・ヴィアラッテアが、何かするかも知れない。その時、私は、対処できる力が今ないから。そのまま、ラヴァインを失ってしまうかも知れないって。
はじめこそ、敵だったけど、彼のことしって、彼のことも大事になってからは、同じぐらい、生きて欲しくて、大事で、大切で。だからこそ、彼も本当は飛び火して欲しくなかった。
「旅の話し聞いたのって、そう言うことなんでしょ。もしかしたら、こうなるかも知れないって予見していたから。いったじゃん、俺も世界回ってみたいって」
「それと、これとは違うの」
「ついてきて欲しかったんじゃない?」
「……」
「だから、いった。誰かに縋りたかった、助けて欲しかったんじゃないかって。だって、エトワールのそれは、強がりだから」
そう、指摘されてしまって、何も言い返す事が出来なかった。
確かに、強がりで、私は弱いままだ。本当は心細くて、誰かにいて欲しくて。でも、いてくれない。いちゃいけない、巻き込むことになるからって。
マイナス思考になるのも許して欲しい。誰のためか分からないけれど、強がりだって言うのは分かっていた。
本当は、皆と一緒にいたかった、リースが目覚めるまであそこにいたかった。大丈夫だったって、生きていて良かったって、リースに言いたかった。それも叶わない。引き裂かれて。
許したくなかった、受け入れたくなかった。でも、でもでも!
「泣きたいなら、泣けば良いじゃん」
「アンタの前では泣きたくない」
「じゃあ、誰の前なら泣けるんだよ」
「誰……誰の前だったら………………」
誰の前だったら、泣ける? そんなの、分からなかった。でも、頭の中に浮かんだのは、あの鮮明な紅蓮で、彼が、何もいっていないのに抱きしめてくるような光景が頭に浮かんだ。
リースじゃなかったのは、リースに負い目を感じているからとか、恋人に慰めて欲しいわけじゃなかったから。リースが好きじゃないとかそう言うのではなくて、恋人だからこそ、泣けないというか、こんなことで泣くんじゃなくて、泣くならうれし泣きとか、感情を、虚優出来るときに泣きたかった。一方的な、感情の押しつけじゃなくて、もっと互いに理解し合える感情について。
だから。
「………………………………アルベド」
「アルベド?」
「アルベドの前だったら、泣いてたかも」
「それは、大層な。でも、何で、兄さん」
「分かんないよ」
「分かんないって、エトワールがいったんじゃん。何で、俺じゃなくて、兄さんなの?」
俺じゃダメか、とラヴァインは聞いてきた。ダメとかそう言うんじゃなくて、彼への信頼がカンストしているというか、はじめから、彼とは同じ孤独を抱えていたからと言うか。
言語化しづらいけれど、同じ孤独の中に居たから。
彼なら、同情とかそう言うのは抱かずに、抱いたとしても、私の心を抉らないような慰め方をしてくれる、受け止めてくれるんじゃないかっていう、絶対的自信があったからかな。
何でか分からないけど。
ラヴァインの顔を見れば、少し、不満そうに、頬を膨らましていた。
「俺じゃ、ダメ?」
「ダメとかはいっていない。でも、泣けないんだから、泣けない」
「あっそ」
「優しいのか、優しくないのかどっちかにして。アンタは結局何なの」
「何って、エトワールを一人にしたくないから、追いかけてきた、ただのラヴァイン・レイだけど」
「ただの、ラヴァイン・レイ、って、ただのじゃないのよ」
もう、最悪だ。
全て置いてきたはずなのに、勝手についてきた。そんなに私のことが好きなのかとかいってしまいそうになる。別にそれを利用しようとか考えはしないけれど。でも、この勝手さが、ずっと……
何をいっても、帰ってくれそうになくて、私は大きなため息をつく。そのため息を聞いて、また彼はムッと頬を膨らました。だから、何でそんな子供っぽいのかと。
「ダメなの、エトワール?」
「ダメって、別に……アンタは、何で、私に……いや、いいや」
「さっきも言ったけど、俺は、あそこの住民じゃないし、エトワールがいたから、あそこに入り浸っていただけで、エトワールがいないなら、あそこに用はないんだよ。別に、公爵邸に戻ろうとも思っていないし」
「じゃあ、アンタの居場所は?」
「ないんじゃない?エトワールと同じで」
と、彼は軽く言う。本当に意味が分からない。アンタには、家があるでしょう、といってやりたかったが、戻ろうとも思っていないと言うことを聞いて、何か引っかかりを覚えてしまう。まあ、家出少年だったわけだし、仕方がないのかも知れないけど。
「…………勝手にすれば」
「勝手に?じゃあ、ついてく」
「口に出していったら、あまり、意味がないと思うんだけど」
「いいの、いいの。じゃあ、エトワール、俺と旅しようよ」
「……だから、何で。てか、さっき空気で良いとかいってたじゃない。あれどういうこと!?」
「そんなこと言った?」
なんて、ケロッとした顔で言われて、もうこれは救いようがないと、私は諦める。まあ、一人ぐらい……巻き込まれても、ラヴァインだし、どうにかなるかも、なんてまた、甘い考えを抱いてしまう。
結局の所、一人は嫌だって、宣言しているようなものだった。
私は、もう一度、勝手にして、といって再び歩き出す。その後を、追いかけるように、ラヴァインは「待ってよ」なんて声を弾ませながらついてきた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!