ニュースの内容が政権与党の裏金問題に変わる。
途端にニュースに興味を失った兄は、弟に対してアーレイ・バーク級駆逐艦のフライトIIIがどうの、テロリスト相手に一発が3億円近くするトマホーク・ミサイルを使うのは費用対効果の面でどうの、と軍事関係の知識をひけらかした。
「あ、はい」
昨晩フリーダがしたように、根岸も適当に返事をした。
「ヒロ君、パン焼けたよ」台所から母が呼ぶ声がした。
「はーい。今、行く」
トーストとバター、インスタントのカフェ・オレをお盆に載せ、根岸がリビングに戻ってくると、兄はまたTV画面を見入っている。
TV画面に映っているのは水没した町や、瓦礫を片付ける重機の映像だ。
「……CNNによると、ハリケーン・シンクレアによる死者は4つの州で81人に上り、その内55人がフロリダ州に集中しています。未だ100万世帯以上の家庭が停電している他、ガスや水道といったライフラインの復旧も見通しが立っていません。救援物資の搬入が遅れていることから、一部の地域では略奪が……」
画面が切り替わり、黒人大統領が警官や消防士と握手をしている映像になった。
「オバラ大統領は20日、被災地を訪問し、フロリダ州に州兵3000人を追加で派遣すると表明した他、バーデン副大統領もサウスカロライナ州を……」
「ヒロッ、ヒロッ、見ろ」兄が根岸に呼び掛ける。
「え、何?」
パンにバターを塗っていた根岸が、パンから兄に視線を移す。
「あ、変わっちまった。今な、オバラを警護してたシークレット・サービスの1人が、ブッシュマスターACRを持ってた」
「ふーん。シークレット・サービスは、ナイツ・アーマメント社のSR-16系のライフルを使ってんじゃなかった?」
根岸が気の無い返事をする。
「ちげーよ。ハンドガードの形状が全然違った。色も黒じゃなくて、タン・カラーだった」
「へー、そうなんだ」
カフェ・オレを啜りながら根岸が返事する。
「信用してないな。後で見逃し配信で見てみろ。あれは、ぜってーブッシュマスターだった」
「あー。うん。学校終わってから見てみるわ」
食べ終わった食器を根岸が台所に持っていくのと入れ替わりに、不機嫌そうな顔をした中肉中背の壮年男性がリビングに入ってきた。根岸の父親だった。
「朝早くから大声で、駆逐艦がどうの、ライフル銃がどうの。お前、今、何月か分かってるのか?」
開口一番、父は兄を怒鳴りつける。
「くっ、九月だよ」
昨晩の威勢の良さと違い、兄はどもりながら答えた。
「9月も、もう終わりだ馬鹿ッ!今年もあと3ヶ月しか残ってないんだぞ」
「分かってるよ」
「分かってないッ!一晩中寝ずに遊んで、朝になったら弟相手に糞の役にも立たん蘊蓄披露して、昼間は寝て、それじゃあ受験勉強とやらはいつやるんですかって話だよ」
「い、言われなくたってやってるよ」
「やってないッ!ちゃんと勉強してたら、予備校の模試であんな成績を取らないッ!違うか?」
父が大声で兄をガン詰めする。
「ねぇ、お父さん、その辺にしてあげて……」
台所から出てきた母が父に呼びかける。
「お前がそうやって甘やかすから、ユウイチがつけ上がるんだろうがッ!」
父の怒りの矛先が母に向いた。兄が階段の踏板をドスドス踏み鳴らしながら自分の部屋へ戻っていく。
「ユウイチ。いつまでもこんな生活が出来る訳じゃないんだからな。もう後が無いと思えよ」
父が兄の背中にキツい一言を投げかける。返事の替わりに、兄は自分の部屋のドアを思いっ切り閉めた。
父がムスッとした表情で無言で腰を下ろし、母も無言で湯気の立つコーヒーカップを差し出した。
コーヒーカップを手にした父が一口啜り、小さな声で「熱っ」と言った。
「ヒロは、最近、学校どうだ?」
「う〜ん。まぁ、ボチボチってトコ?」
父からの質問に、根岸は適当な返事を返す。
嘘だ。
毎日、ジ○ツを考えるくらい学校生活は辛い。昨日だって、悪魔が助けに来なければ、あのままイジメ殺されていたかもしれない……
「そうか、なら大丈夫だな」
父の注意も視線もTVの方を向いていた。
「……ニューヨーク為替市場では、ドルを売って円を買い戻す動きが加速し、市場は一時、1ドル120円台まで……」
「お前は、あんな風になるなよ。父さん、2人も支えられないからな」
「うん、分かってる。じゃあ、僕、そろそろ行くね」
「おう。行ってらっしゃい。気を付けてな」
コメント
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お父さん怖いよぉ