泣きながら目覚めたのは、それが初めてだった。
よっぽど悲しい夢を見たのだろう。 生憎と内容の方は朧気で、細部を思い起こすことは出来ない。
恐らく、昨夜の出来事を基調にした夢だったと思う。
夜の学校で見えた束帯姿の少女。
彼女の泣涕に混じる“姫さま”という気になる語義。
「あぁ………」
本当に、哀しい夢を見た。
ともあれ、今は浸ってばかりも居られない。
今朝はすぐに天野商店に集合の予定だ。
なにも、休日の朝一から遊びに訪れるワケじゃない。
のろのろと着替えつつ、昨夜のことを思い返す。
近くでスヤスヤと眠る幼なじみを起こそうかと思ったが、あまりにも気持ちよさそうな寝顔のため、もう少しだけ寝かせておくことにする。
あの後、言葉少なに帰路についた私たちは、ひとまず天野商店の軒下を借りて、頭内のクールダウンに努めた。
さすがに折り合いをつけないと、頭がパンクしそうだった。
「あれ、お化けなんだよね……?」
「う……。いや、でもほら! 悪い奴じゃないって、穂葉ちゃんが」
「でも、お化けなんだよね……?」
雨脚はさっきに比べると少し落ち着きを見せており、物静かな雨音が辺りに柔らかく満ちていた。
その模様が、どうにもあの束帯姿の少女を連想させるのは、彼女の涙を間近に見てしまった所為か。
あるいは、魅入られたか。
「ラムネでいいですよね?」
「あ、うん。ありがと」
看板娘の手ずから受け取った炭酸飲料を、一気に喉に流し込んだところ、途端に生きた心地が湧き上がってくるような気がした。
生の実感をやっと得られた。
そんな風に表すのは大仰かも知れないが、ただのラムネをあれほど美味しく感じたことは無かった。
「……今日泊まる? 私ん家。ベッド使っていいから」
「は……? はぁ!? お前なに言ってん……っ」
「私は千妃ちゃん家に泊まるから、お母さんたちによろしく言っといてね?」
「お前マジでなに言ってんの!?」
これは幼なじみ達も同様だったようで、少しは元気が戻った様子だ。
ひとまず胸を撫で下ろす。
折しも店の前を通りかかった会社員らしき男性が、微笑ましげに、どこか羨ましげに寄越した視線が印象的だった。
「あのさ……?」
「はい?」
「いや、ごめん。何でもない」
あの少女について、当の友人は言及を避けているようだった。
あまり無理に訊くことはできないか。
その時だった。
「おうコラ、ガキんちょども!」
店内から威勢の良い声がした。
考えるまでもなく、大将の声だ。
「んな所に溜まってたら近所迷惑だろうが。 店入れ店」と、半開きのシャッターをわざわざ開放してくれる。
その姿を認めて、私たちは言葉を失った。
見慣れない女性を伴っているのだ。
少女とも婦人ともつかない、美しい女性。
これが彼の腰部にキュッと取りつく格好で、安穏と寝息を立てている。
呆然とする一同を余所に、大将は相変わらずマイペースなものだった。
「穂葉おまえ、玄武に飯やんの忘れてたろ? もうちょいで指イカれるトコだったわ」
そう宣いながら、女性の身柄をヒョイと抱え上げ、モミジが住まうタライの様子を確認。
「よっしゃ寝てやがる。 えっと、水は」
そんな事を呟きつつ、カルキ抜きを済ませた保存水の在処を求めて店内を歩き回った。 小脇に女性の身柄を抱えたまま。
恐ろしくシュールな光景だが、本人は一向に意に介さない。
「……その、それ、なに?」
口火を切ったのはほのっちだった。
さすがに娘として放っておけないのは解る。
「あん? 見りゃ分かんだろ。 離れやしねぇ」
「かくし子?」
「バカかオメー。俺にそんな甲斐性──」
「じゃあ、愛…‥人………?」
「てめぇそれ以上吐かしゃあがったら口曲げんぞ?」
気の置けないやり取りを経て、彼が明かしたところによると、どうやら迷子らしい。
夜道で出会って、そのまま付いてきてしまったと。
しかし、どうにも腑に落ちないのが彼女の出で立ちだ。
時代錯誤。
それに、その独特の雰囲気は、どうしても先頃の少女を想起させて止まなかった。
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