コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ともかく、その日は朝も早くから天野商店に集った私たちは、さっそく事態の 照合と精査に取り掛かった。
どうしても無関係とは思えない束帯姿の少女のこと。
彼女と直接対峙した友人の見解に、人間たちの所感。
それに何より、当の女性について。
「神さん、だと?」
他心通がある手前、史さんの前では誤魔化せないと判断したのだろう。
かの少女の正体については、友人の口からあっさりと明かされた。
ともすれば、昨夜の緘口ぶりにも得心がいった。 ほのっちは、少女の体面を守ろうとしたのだ。
夜の学校でひっそりと泣き濡れるのは構わないとしても、それで人を怖がらせたとあっては、さすがに体裁が悪い。
「うん、間違いないと思う。 どっちかまでは判らなかったけど」
「まぁ、お前さんの眼ぇ疑うわけじゃねえけども」
彼女の言う“どっち”とは、天か地か、神々の所属に関する旨だろう。
勢力図のような物は特にないが、地上で起こる諸々の禍事、有事に際しては地の神に決定権があるのだと、以前聞いた覚えがある。
「名前は聞かなかったよ?」
「そりゃ意味ねえな。聞いたところで意味ねえよ」
一柱の神に、幾つもの違った名前が付与されている場合がある。
それを聞いたところで些事という事だろうか。
事実、当の大将も種々の神名を持ち合わせており、中には一切使わない名前、決して口に出してはいけない名前まであるという。
「しかしそいつぁ………」
彼の目線を追う。
本日は昨夜の定位置ではなく、座布団の上にきちんと坐した女性が、うちの幼なじみ達と歓談している最中だった。
いやこれは歓談というか
「お名前はなんて言うんですか? わたし宮本珠衣です! よろしくね?」
「多賀見幸介。てか困ってんだろ? もうちょい距離感」
「名前は……」
「うんうん?」
「たくさんあったような………」
「ほぉ?」
「気がします………」
フレンドリーな二名に対し、女性は実に眠たげな、ぼんやり眼で応じている。
ふわふわとした雰囲気に違わず、その口調は麗らかな春の日差しを思わせる、ゆったりとしたリズム感だ。
「名前が沢山だと? そんならお前さん、やっぱし神さんか?」
「そう………」
「マジか? んじゃ、やっぱ駆け出しの」
「ではないと思います…………」
「あん?」
大将の見解では、神たる少女が“姫さま”と慕う相手なら、そちらもまず間違いなく同様の存在だろうとの事だった。
もちろん、当の女性がその姫さまである可能性は、今のところ判らない。
「ふゆ………」
「ふゆ?」
「と、お呼びください………」
「ふゆさんか。いい名前ですね」
そんなふゆさんは、なぜ迷子になってしまったのか。
経緯はおろか、行く宛も帰る場所も分からないと言う。
ただ覚えているのは、先述の自分の名前と、当人の目的。
「落としものを……、探しています………」
「落とし物? 何を落としたのかな?」
「………………?」
やんわりと応じる幼なじみの顔を、彼女は不思議そうに見つめた後、
「はぁ………」
返答とも嘆息とも付かず、ゆったりと息をついてみせた。
「………………」
暫し間を置いて、ふたたび話し始める。
「その落としものは…………」
かと思うと、何かを考え込む様に。
あるいは、何も考えてはいない様に。
ふわふわと、視線を天井付近に漂わせること暫く。
「何なのでしょう…………?」
不思議そうに、ふんわりと小首を傾げてみせた。
「はぁ〜………」
この独特のリズム感が伝染ったか、当の幼なじみは気の抜けたような声を漏らし、のんびりと頷いた。
「えっと……?」
とにかく、このままじゃ埒が明かない。
このままでは、こちらまで彼女のペースに乗せられる。
もう一名の幼なじみはと言うと、先頃からうつらうつらと頻りに船を漕いでいる。
これはいけない。
リビングに波及する眠たげな雰囲気にめげず、彼女の言う“落とし物”について、具体的なところを問うことにする。
口を動かしていないと、本当に睡魔に負けてしまいそうだ。
「その……、自分で“落とし物”っていうくらいなのに、心当たりは無いんですか? まったく?」
「………………」
これに対し、彼女がどんな風に答えるか、何となく予想はできた。
「はい…………」
やっぱりだ。
こちらを眠たげに見つめること暫く、先方がふわふわと投げて寄越した応答に、私たちは揃って頭をかかえる運びとなった。