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朝 8時半。
目が覚めていたのは7時だが、スマホをみたりぬいぐるみを抱きしめて寝返りを打っていたら、こんな時間になってしまった。
休日なので予定もないが、朝長く寝ていると母に文句を言われるので、さっさと起きることにした。
朝ごはんは抹茶ラテとコーンフレーク。
「朝イチの糖分は身体によくないのよ。太る原因になるって」
じゃあ朝ごはん麦茶でいいだろ。というか、食べたあとに言わないで欲しい。
テレビは父が見ているし、母は慌ただしくしているので、なにか言われる前に2階の自室へ行った。今日は何もする予定もないし、そもそも家を出る予定もないので花粉症の薬も飲む必要はない。
自室でスマホを見ると、充電が30%だった。…..いいか。別に。動画を観るかSNSを見るくらいしかすることがない。
春の気候と気温は高いが、私の気分は低い。これぐらい気分が下がっていると、自分が生きていたら無駄なように感じる。二酸化炭素を吐くことしかできない自分なんて、とっとと死んでしまえばいい。今は両親がいるし、母は実家の祖母の介護で忙しいので、今手間をかけさせる訳にはいかないので、死なないが、呼吸と仕事だけするロボットになりたい。…..SNSに、ポツリと呟いた。
「ねぇ、手紙届いてるけど」
1階から呼ぶ母の声がした。手紙?学校からだったらどうしよう。20歳になったから、国からのなにかだろうか。
母から受け取って自室で見ることにした。
封筒の見た目は、白い長方形。読みやすい整った字で、
” 伏見 椿 様 “
そして自分の住所が書かれている。裏を見ると、蛇の封印シールが貼ってある。差出人は、住所と
” 感情屋 “
と書かれている。よく分からないが、自分宛なので中身を見てみた。
中はデジタルで文字が打ち込まれた便箋が2つ折りで入っている。
『伏見 椿 様
突然文が届いたことを驚いているでしょう。私は感情屋の店主・蛇沢 冥(へびざわ めい)と申します。
この度文を送ったのは他でもありません。あなたの感情を、良い値で私に売りませんか、という提案です。受けていただけるなら、住所までいらしてください。こちらのQRコードから、マップアプリに飛べますのでお試しください。
感情屋店主 蛇沢 冥』
すごく現代的な案内なのに、メールで送って来ないんだ。と驚いた。感情を買い取る?そりゃありがたい。
QRコードを読み込むと、名古屋駅付近と出た。定期内なので交通費はかからない。
充電器と鍵と財布とワイヤレスイヤホンと水筒を肩掛けのポシェットに詰めて、慌てて階段を降りた。
日焼け止めを塗るために鏡をみると、鏡の中の自分は黒い無造作な髪を肩まで下ろして、前髪が左によれていた。顔はいつも通り重い一重にパッとしない目。むいと結んだ口。さすがに髪は整えて行こうか。
電車に揺れながら、感情がいくらの金額になるか考えていた。アルバイトもしていない身で、将来の希望もない、免許を採るための学生。家を出る気もなければ、同棲できるような関係の人間もいない。数少ない友人をヴィレッジに住まわせて家主になるくらいしか考えていないので就職にする期待もない。
名古屋駅に着いて、マップアプリを頼りに歩くと、銀時計側の路地、また細い路地….。キャバの多い通りを抜けて、鳥居のある公園の横を通って。猫がいそうで人がすれ違えないような道に行けというので進むけど….。
” 感情屋 “
急に現れた暖簾。じゃあ….ここなんだろう。
「こんにちは…..」
ガラス戸をトントンとノックすると、ビシビシと木とガラスが当たる音がする。
「はぁい」
カラリと戸を開けてくれたのは、自分の頭1個分以上背の高い、冥色の髪の男性。声は20〜30代で、黒っぽい着物を着ている。体型は….華奢に見えるだけだろうか。顔は打ち覆いをしているから分からないが、多分….胡散臭い顔をしているだろう、という偏見。打ち覆いの上から、鼻辺りまで前髪が垂れていて、彼から見て右目の上で分け目があるようだ。
「お手紙頂いた、伏見椿です」
「あぁ伏見さん!お待ちしておりました!
どうぞ中へ!」
中は日が一方からしか当たらない、倉庫のような印象だ。2つの向かい合わせのソファの間に、長机がある。
「伏見さん適当に座って〜?飲み物何がいい?えぇっと、麦茶とコーヒーとほろ酔いがあるよ?20歳だもんね?お酒行っちゃう?」
冷蔵庫….だと思う場所を開けて、振り返り際にこちらを見る蛇沢さんは、顔が見えないのに不思議と、” お酒選ばないで〜 “ という犬の表情が見える。元より、ほろ酔い飲むならお茶にしようと思っているので心配ないのだが。
「いえ….麦茶で。お気遣いなく」
「はーい!」
声が嬉しそうである。
グラスにお茶を注いで、机においてくれる。
「自己紹介が遅れたね。蛇沢冥です。今日はありがとう。待ってたよ」
「….伏見椿です。あの、感情を売るというのは…..」
「そうそう。まず金額だよね。悲しいとかしんどいとか、陰の感情は30万で買い取るよ。嬉しいとか楽しいとか、陽の感情は90万かな」
「陽の方が高いんですね」
「需要はあるのに供給が間に合ってなくてね。欲しがる人は沢山いるんだよ。誰だって楽しいのは嬉しいからね」
「へぇ….じゃあ、感情を売ったらどうなるんですか?」
ん〜、と蛇沢さんは考えて。
「聞いた話によれば、” なんか喋ってる “ ぐらいにしか思わないみたいだよ。売ってくれた子が言うにはね。怪我しても、” なんか痛いウケる “ だってさ。感情の払い戻しはできないんだけどね」
「身体の影響は….?」
「ないみたいだよ」
蛇沢さんは深く息を吸って続けた。
「働くロボットを所望してる社会に、嫌になっちゃうでしょ?そもそも人間に働かせるなよって俺は思うんだけどさ。でも、何も考えず働けたら楽だよね。ってことで、感情売ってみない?」
話聞いて怪しくなければ売ろうと思ってたし、そんなに高額で買い取って貰えるならありがたい。
「いいですよ。そのつもりで来ましたし。
どうしたらいいですか?」
「そりゃあありがたい!片手に赤いボールともう片手に青色ボールを持ってるのを想像してもらって。それをここにいれるのを想像して?」
蛇沢さんが持って来たのは、上を開いたダンボール?のような箱。言われた通りイメージをして、ボールを入れる。……すると、なんだか心が軽くなった気がする。
「じゃあ、ここに通帳の番号教えて。支払いは3日以内にするからさ。来てなかったら電話してくれればいいよ。じゃあ気をつけて帰ってね」
蛇沢さんは、バイバイと右手を振った。心が軽くなって、なんだか、過ごしやすい…?気がする。