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ケアンズへのフェリーの時間まで、私たちは例のレストランで少し休んだあと、船に乗ってグリーン島をあとにした。
「疲れただろうから、一旦ホテルで一休みしてからディナーにしようか」
涼さんに言われ、私たちは賛成してそれぞれ部屋に戻る。
ケアンズを訪れた当初はしっかりメイクをしていたけれど、今日は海に入る事もあり、日焼け止めを塗って眉毛、リップだけで済ませている。
きっと帰国したらまた色々と「きちんとしないと」と思うだろうけど、外国に来ているからか、「自然体のままでもいいや」と思ってしまう自分がいた。
「こっちの女性って、ノーメイクが多いですよね」
「あー、日本人女性ほど『メイクしなきゃ』という気持ちにはなってないだろうな」
「私、好きでコスメ買ってますし、メイクも好きなんですけど、外から日本を見ると、社会全体的に〝女性は綺麗に着飾っているべき〟みたいな思想を、無意識に植え付けられているように感じます」
「確かにそれはあるな。俺もあちこち海外に行ってるけど、ほぼノーメイクと言って良く、服もベーシックな物しか着ていない人は多い。逆に、体型や年齢を問わず〝隠す〟事をしない。体が大きくても脚を出すし、歳を重ねていても谷間を出す。そういう所はいいと思ってる。……日本人は体が大きかったら、脚や腕を出すのを悪と考えている風潮があるし、〝年齢や体型に応じた服装をするのがマナー〟みたいな考えが根付いてる」
「……私も無意識に、それに染まってる気がするなぁ。日本が悪いって言う訳じゃないんですが、海外に来て凄く『楽だな』って感じました」
「『これだから日本は』って言う人もいるけど、日本は治安がいいし、病院を安く使えるし、水道水を安全に飲めるし、とても恵まれた国だと思ってる。だから、日本と欧米と、どっちが百パーセントいいって話でもないんだよな。外国にだって体型や年齢、人種で人を判断する人はいるし、キリスト教の考えが根付いて同性愛に厳しい人たちもいる。銃の問題とかもあるしな」
「うんうん、分かります」
こうやって真面目な話を、自然にできるところも尊さんの美点だと思う。
比べる必要はないけれど、昭人は割と外見至上主義みたいなところがあって、通り過ぎざまに『見た? さっきの人』と冷笑していた事があった。
私はそれが嫌で、でも向き合って『そういうの良くないと思う』と言うのも面倒臭くて、ずっと無視してきてしまっていた。
「私、沢山外国の綺麗な景色を見て、美味しい物を食べて、素敵な部分に触れても、やっぱり日本が好きだなってなると思います」
「俺も。まず飯が美味いからな。それぞれの国の飯も美味いけど、やっぱり生まれた国の物が口に合う」
「美食の国は他にも沢山あるけど、日本って凄く色んな料理が混在している国で、何料理を食べたいと思っても、美味しいのを食べられますよね。お得」
「だな」
私たちはベッドに寝転がりながらそんな話をしている。
「……十八時ぐらいまで、一眠りするか。アラームかけるから」
「ん、はい」
私は尊さんの隣で、モソモソと寝やすい体勢をとる。
明日の夕方には飛行機に乗っているなんて、信じられない。
この数日非日常の中にいたから、日本での日々がとても遠く感じる。
でも、世界中どこへ行っても側に尊さんがいてくれるなんて、最高すぎる。
恵も涼さんもいてくれるし、狭く深くの人付き合いでも、私は十分に幸せだ。
「尊さん」
「ん?」
彼はクーラーの効いた室内で、布団をフワッと被せて返事をする。
「楽しい所、連れてきてくれてありがとうございます。大好き」
すると彼は嬉しそうに微笑む。
「俺も朱里がいるお陰で毎日楽しいよ」
尊さんは私の頭を撫で、大切そうに額にキスをしたあと、手を握って隣に寝転んだ。
(いつまでもこの幸せが続けばいいな)
結婚も目前で、私たちは幸せの絶頂にいる。
けれど本当の意味で幸せになり、彼と夫婦になるためには、些細な事であっても隠し事を打ち明けなければならない。
尊さんなら、私の言う事をすべて受け入れてくれると信じている。
でも、ほんの少し恐いと感じて前に進めずにいる自分がいた。
**
「ん”に”い”い”い”い”い”い”…………」
私――、中村恵は、ベッドの上で涼さんに手脚を絡ませられて、奇声を発していた。
「わー、暴れる猫を抱き締めてる感じ。かわいー」