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ひのふのみぃ、と、張飛は、男達の人数を数えながら、剣を振り下ろしていく。
そのたび、ひゃあ、と、悪党らしからぬ声が上がった。
「おお、すまんなぁ、酔いがまわって手元が狂ったわ」
と、楽しげな張飛とは裏腹に、皆、腰を抜かして地べたに座り込んでいた。
むろん、捕まっていた女は、投げ出され、こちらも、地面に転がっている。
「いやぁー、首を跳ねるつもりが、いかんいかん」
張飛は、馬上から豪快に笑った。
悪党達は髷を切られ、ざんばら髪になっていた。
首を、という、ぶっそうな言葉を耳にして、悪党達は、なお、悲鳴をあげると、這いつくばりながら、その場から逃げ出した。
「なんじゃ、お楽しみは、これからなのに。太刀でも、拳でも、望み通りの一騎討ちが、待っておったのにのおー」
あーあー、と、逃げ出して行った男達を見送りながら、張飛は、酒の匂いのまじったため息をつくと、太刀を納めた。
「おお、おなごよ、大丈夫か!手荒なことをされて、怪我はないか!」
慌てて馬から降りると、地面に転がる女の元へ駆け寄り、安否を確かめようとする張飛に、きゃーという、悲鳴と共に、小枝が投げつけられて来た。
「やや、ちょっと、うわっ、やめてくれ!」
「近寄らないでっ!!」
女は、恐ろしさから腰をぬかしたか、起き上がる訳でもなく、地面に座り込んだまま、迫り来る無頼漢へ精一杯の抵抗をした。
「おなご!いい加減にせぬか!かなりの美形と、ワシも、鼻の下を伸ばしておったがな、助けてもらって、この有り様はないであろうが!ワシも、怒るぞっ!!」
赤い張飛の顔が、ますます赤くなった。
「だ、だから、近寄らないで!触らないでっ!!」
女は、とうとう、恐怖からか、泣きじゃくり始める。
「あー、怖がらせてしもうたなぁ、そうでなくとも、怖い目にあったのじゃ、そして、ワシが、現れたら、うん、恐ろしくもなるわ、すまん、すまん」
言って、張飛は、懐から手巾を出すと、女へ差し出した。
「ワシの物じゃが、よければ、涙を拭け」
「格好です!」
泣きじゃくりながらも、なにやら、抵抗する女の姿に、張飛は困ってしまった。
空は、茜色に染まって来ている。
あっという間に日は沈み、女一人では、ますます危険な刻となる。
張飛は、住み処まで送ってやりたかった。
再び、何かあってはならぬ。それもあるが、どこに住んでいるのか知りたかった、という下心もあった。
それほど、前にいる少し幼げな女は、美しかったのだ。
張飛は、一目で、いわゆる恋に落ちていたのだった。
それを知ってか知らずか……、女は、これ見よがしに、自分の懐から手巾を取り出すと、涙をぬぐった。
そのしぐさのなまめかしいこと。
つい、凝視してしまった張飛へ、女の一声が飛んで来た。
「助けて頂いたことは、感謝致します。が、私は、もう、大丈夫ですので、どうぞ、これにておひきとりを」
しっかりとした物言いに、これは、良家に勤める女か、と、張飛は思う。
ならばこそ、早く、屋敷へ送ってやらねば、主人に叱られるだろう。
うーん、と、張飛は考えると、やおら、女を抱き上げた。
ぎゃー!と、女は、悲鳴をあげた。今度は、心底、恐ろしがられてしまったかと、張飛は内心落ち込むが、黙って、馬に乗せると、焚き付けに使えそうな木切れを拾い始めた。
「もう、日が暮れる。早よう、主の用を済ませて、帰らねばならぬだろう。薪拾いに来て、手ぶらでは帰れんじゃろ?」
ニッコリ笑いながら、せっせと、薪拾いをする張飛を、女は馬上から不思議そうに見た。