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耳の聞こえない弟、宗次郎は、午後はずっと自分の寝室に隠れていた。夕食の席ではあたしをじろじろと眺め手話で母親と会話を交わしている
あたしのことを聞いている気がして不安になる、例えば視覚や聴覚などの感覚を失った人間は、それ以外の能力が研ぎ澄まされるという話を聞いたことがある
弟にあたしの事がバレやしないかとヒヤヒヤする。じっと弟があたしを見つめているのが分かると、あたしは彼に優しく微笑んだ、彼はパっと顔をそらしたが耳は赤かった
食事が終わるとお父さんが縁側に座ってタバコをふかしていた。あたしが隣に腰をおろすと「すまん」と言って、吸っていたタバコをもみ消した。あたしに好意を持ってくれたのか、それともお母さんが見ていない隙に注いだ三杯目の焼酎のせいか、お父さんは顔がほんのり赤かった
「その子はどこで産むつもりかね?」
彼が尋ねる
「母が大阪は堺に住んでるんです、母の家の近くの産婦人科に通っています」
「君にとってはお母さんといるのは辛くないのか?」
あたしははにかんだ
「はい・・でも関係を修復しようと思います。今日、ここに来るのはとても勇気がいる事でした。でもおふたりがとても温かく迎えてくださったので、自分の母親とも上手くやれそうな気がします」
「それじゃぁ・・・お母さんの家で産んだら世話になるんだね」
「はい・・・産んでしばらくは・・・でも1~2か月したらアパートに戻り、半年経ったらこの子を保育園に入れられますから、またクレープ屋で働くつもりです。今のお店の店長さんとも・・・とても良くしてもらっていていつでも復帰してくれて、構わないと言ってくれてるんです」
「そんなことは無理だ!一人で働きながら!育てるなんて」
お父さんが眉間に皺を寄せる
「あたしがここへやって来たのは、俊太さんに結婚を迫ったり、認知してもらいたくて来たんじゃありません・・・今までたった一人だったのに家族を与えてもらってむしろ俊太さんに感謝しています。彼が結婚したくないならそれでいいんです・・・私はこの子を一人で育てていくつもりです。でも・・・ 」
あたしはお父さんの手を取り、お腹に押し当てる。
「ほら・・・赤ちゃん・・・・あなたのおじいちゃんよ・・・」
お父さんはハッとしてお腹に手をあてたまま固まった。感動しているようだった
「もしも・・・私に何かあったら・・・と考えると・・・この子には広島に素敵なおじいちゃんとおばあちゃんがいるという事だけこの子には伝えたくて・・・」
「・・・よく動くのかい?」
「とっても元気なんですよ」
お母さんが自家製の紫蘇ジュースを持ってくる
「俊太はまだ大人になりきっていないのよ」
彼女は言う
「でもあの子はいい子だから。大丈夫、私達からきちんと話をすれば、きっとわかってくれるわ」
お父さんも頷く
「あんたが俺達に会いに来たのは正解だ、俊太の事は心配しなくていい。アイツには正しいことをさせるから」
グス・・・・
「お父さん・・・お母さん・・」
あたしはまた涙を拭く。すぐに涙がこぼれてくる。