一方、守近と徳子《なりこ》は、朗報を待っていた。
「徳子姫、どうか、気をしっかりお持ちください」
守近、守近と、呟きながら、はらはら涙を流す妻を抱きしめ、守近も、正直どうすれば良いのか戸惑いを隠せない。
徳子を安心させてやりたいが、何分、初めての経験で、勝手が違い過ぎている。
「それにしても、徳子は、いったい……。出ていくなら、置き手紙のひとつでも残せば良いものを」
「本当に。守近も、他人行儀だこと……」
そもそも、猫を知らない者通し、猫の気質までわかるはずもなく、またもや、突拍子もない事を言っていると、
「お方様ーーー!」
やけに弾んだ沙奈《さな》の声が響き渡った。
「徳子様が!猫ちゃん、増えましたよっ!」
沙奈が、嬉しげに房《へや》に駆け込んで来た。その後を、長良《ながら》が、木箱を持って、そろそろ歩んで来る。
「徳子が、見つかったのかい?!」
守近の問いに、沙奈は、こくんと頷き、長良が、木箱を差しだすと……。
皆の表情が一斉に輝いた。
木箱の中には、親猫と子猫の姿が──。
沙奈と長良が、縁の下で子猫を産んでいる守近徳子猫を見つけたのだと、主に報告しているその頃、屋敷の正門には、腰に太刀、手には弓の、完全武装した猛者達《おとこたち》が、列を作っていた。
この仰々しい武者《むしゃ》の集まりは、都を警備する検非違使《けびいし》で、少将様とその北の方様が失踪されたと、大きな勘違いから、駆けつけて来たのである。
先ほどより、屋敷の家令《しつじ》が応対しているが、どうも、互いに話が食い違い、苛立ちから一触即発の形成になっていた。
「何ごとです。騒がしい!」
見かねた男衆が、古参の女房、武蔵野を連れてきた。たかが女房といえども、武蔵野は、その辺の男以上に経験を積んでおり、腹の座り具合も相当なもの。表側の対応など朝飯前なのだ。
「我らは、少将様とその北の方様を、お探しに参った!まずは、屋敷の検分を願い出るっ!」
一見、筋の通った話しに聞こえるが、場所は、仮にも少将宅。いくら、検分の為であろうと、何人たりとも自由に出入りできる場所ではない。
「なんと、無礼な!そもそも、主様は、ご在宅。それを、探すなどと、何を寝とぼけておるっ!この田舎武者めがっ!」
武蔵野が、容赦なく、噛みついた。
「何を言うか!男衆《げなん》どもが、少将様と北の方様を探していたではないか!これ、婆!主の身の上が心配ではないのかっ!」
「ば、ば、婆ですとっ!ここは、そなた達の立ち入れる場所ではござりませぬっ!」
武蔵野も、婆呼ばわりされ、気が立ってきたのか、顔を真っ赤にして、余所者《けびいし》を追い払おうとした。
「黙れ!」
「おお、なんという物言い。さすがは、荒武者、話しになりませぬなっ」
「話しにならんとは、こちらの台詞!かまわん!屋敷へ踏み込め!少将様の足取りを調べる為じゃ!婆など、捨て置け!」
段々と対立は激化して、その争い声は、子猫に乳を飲ます親猫の姿を、物珍しそうに眺めている守近と徳子のところへも、切れ切れに流れ込んできた。
「徳子姫、何やら、外が騒がしいですなぁ。今度は、犬でも迷い混んで来たのでしょうか」
「……犬……ですか」
心もとなく答える徳子に、長良《ながら》が何やら言い渋っている。その横で、沙奈《さな》がうつむいていた。
「あー、そのぉ、妹は、昔、野良犬に噛まれそうになり、以来、犬が、苦手で」
「まあ、犬は、鳴くのではなく、噛むのですか?」
長良の言い訳のような訴えに、これまた、徳子が、ずれた返答をした。
「あー、もぉー!沙奈が、犬も、お教えしますょっ!」
きっと顔を引き締めて、幼子は、隅に置かれる文机に向かうと、筆をとった。
「おやおや、厳めしい顔つきだなぁ。徳子姫?犬とは、さぞや、恐ろしき異形のモノのようですねぇ」
言う、守近に、徳子は、ふふふと、小さく笑い、追って、猫が、ニャァーンと鳴いた。
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