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レオノーラさんに連れられてやってきたのは、大聖堂の中に割り当てられた彼女の部屋。
大きい部屋の奥に小さい部屋があって、そちらは寝室になっているそうだ。
私たちが今いる大きい部屋は、アンティーク調のテーブルや椅子、調度品などが置いてあり、なかなか壮観な感じに飾られていた。
「……さて、と。
それではエミリア様、お茶の準備をするからお湯を沸かしてちょうだい」
「はい、分かりました」
エミリアさんはレオノーラさんから、片手で持てるような小さなポットを渡されていた。
「レオノーラさん、それは何ですか?」
「え? ポットよ」
いや、うん。あれ? まぁそうなんだけど。
「アイナさん。これはですね、火の魔導石が埋め込まれた魔導具なんです。
中に水を入れて、お湯を沸かすことができるんですよ」
「おお、そんな便利なものがあったんですね。ひとつあると便利そう!」
「はい。でも火の魔導石が使われていますから、お値段が凄いですよ」
あ、魔導石を使ってるんだ?
光の魔導石は金貨25枚くらいの相場だけど、火の魔導石はどれくらいなんだろう。
用途がたくさんありそうだし、光よりも高いのかな?
私は光の魔導石と土の魔導石は持っているものの、火の魔導石はまだ持ってないから、相場は知らないんだよね。
……そういえば魔導石は既に2属性を持っているし、いつかは6属性を全部集めちゃいたいかも?
「なるほど、それでは庶民は欲しがらないでおきます」
そんなことを私が言うと、エミリアさんに一瞬じとっとした目で見られた気がした。
「まぁそんなこと言わずに。
せっかくの機会だし、高級な道具を味わっていくと良いわ」
「はい! ところで、これってどうやって使うんですか?」
目を凝らして眺めるも、特にボタンのようなものは無いし……。
何かあると言えば、宝石のようなもの……火の魔導石が1箇所に埋まっているくらいだ。
「仕方ないわね、私がレクチャーして差し上げるわ。
エミリア様、ポットを返して」
「はい、どうぞ」
「それでは使い方を説明するわね。
まず上の注ぎ口から水を入れて、蓋をするの」
そう言いながらレオノーラさんは、テーブルの上にあった水差しで、ポットに水を注ぎ始めた。
水がいっぱいになると、そのまま慣れた手付きで蓋をする。
「そうしたら、ポットのこの宝石……火の魔導石に、魔力を送るのよ」
「あ、魔力の操作がいるんですね。
……それじゃ、私には無理か」
「あら? アイナさんはそんなナリだから、魔法のひとつくらいは使えるでしょう?」
……そんなナリ?
私の服装って、確かに前衛職では無いし……ってことで良いのかな?
「いえ、ひとつも使えないんです。魔法は勉強中でして」
アーティファクト錬金のアクセサリで2種類の魔法を使えはするけど、ここではそれはノーカンだ。
「そうなの?
それならエミリア様に教わると良いわ。教え方は丁寧だから」
「はい、今エミリアさんに教わっているんです」
「それでは、引き続き精進なさることね。
……さて、使い方はそれくらい。簡単に使えて、とても便利な道具でしょう?」
確かに、お湯を沸かすときには便利そうだ。
電気を使わない電気ケトルみたいな感じだから、ルークたちが使うことを考えれば、買っておいても良いかもしれない。
「――お湯はこれで良し、っと……。
エミリア様はお茶を淹れる方をお願いね」
「分かりました!」
「その間に私はアイナさんとお話でもしてるわ。
……そういえばルークさんは、ずいぶん寡黙な方なのね」
今まで話に絡んでいなかったけど、ルークもちゃんとここにいるのだ。
でもルークって、人が多いと聞き手にまわりがちなんだよね。
「そんなことは無いですよ。ねぇ、ルーク」
「はい。ですが私はアイナ様の従者ですので」
うーん?
その言い方って、何だか否定しつつも肯定しているような……。
「従者? ふぅん、あなた方ってそういう関係なのね。
アイナさんって、もしかして貴族のお家柄?」
……あ、話の流れからするとそんな感じになっちゃうよね。
もちろん、この世界でも元の世界でも違うんだけど。
「いえ、私はただの錬金術師です。
えぇっと、ルークとは旅の途中でいろいろありまして」
「いろいろ、ねぇ……。
そこにはコイバナはあるのかしら」
「ありませんね」
「ないですね」
……うん、実際に無いのだから仕方ない。
そういう目でルークを見たことも無いし。
「あら、つまらない。それでは詮索するのは止めておくわ」
レオノーラさんはあっさりと引いてしまった――
……とは思ったけど、これは本当に興味が無いんだろうな。
初対面だし、身分も違う。
そこに興味の持てるコイバナすら無いのであれば、まぁそんなものか。
「お待たせしました、お茶が入りましたよ!」
「エミリア様、どうもありがとう。
それではお菓子を食べながらお喋りでもしましょう」
レオノーラさんは収納の中から小さな缶を持ってきて、中のお菓子をお皿の上に出してくれた。
これはクッキーかな。微かな良い香りが漂ってくる。
「さて、それでは旅のお話でも聞かせてもらえる?
嫌とは言わせないわよ、エミリア様のお仕事は私が代わりにやっていたんだから」
「むぅ、それはありがとうございました……。
そうですね、それではお話しましょう。えーっと……」
「もちろん最初からだからね。
王都を出るまでは知っているから、そのあとよ」
「えっと、そうすると――」
そこからエミリアさんの話が始まった。
まずは王都から『神託の迷宮』に向かうべく、大司祭様の一行に加わって旅に出たこと。
そして宗教都市メルタテオスに立ち寄って、他の宗教と交流を持ったこと。
鉱山都市ミラエルツに立ち寄ろうとしたとき、ガルーナ村からの助けを聞いて行き先を変更したこと。
ガルーナ村では疫病騒ぎがあって、そこで私とルークに出会ったこと。
あとは、ガルーナ村から王都までの旅路を掻い摘んで話していた。
「――……はぁ、なるほど。アイナさんって凄い錬金術師だったのね。
ポーションくらいしか作らない、そこらの錬金術師だと思っていたわ。ごめんなさいね」
ポーションも、立派に役に立つんだけどね……。
そんなことは思ったが、レオノーラさんには悪気はないのだろう。スルーしておくことにした。
「いえ、私もまだ勉強中の身ですので。
でも何か必要なものがあれば、お手伝いできるかもしれませんし、そのときはお声掛けください」
「そうね、何かあったらお願いするわ。
そういえばエミリア様、冒険を重ねて逞しくなったのかしら?
肌艶も良いし、何だか髪質も良くなっているみたい」
……たくさん食べてるから、かなぁ……?
なんてことをぼんやり考えていると――
「そ、そうですか?
それは多分、アイナさんのおかげだと思いますよ!」
……急に、こっちに振られた。
「アイナさんの?」
「私の?」
「ほら、乳液とヘアオイルをもらっているじゃないですか!」
食事のせいでは無い!
そう言わんばかりに、エミリアさんは力を込めた。
「乳液とヘアオイル……。もしかして、それも錬金術で?」
「はい、見てみますか?」
そう言いながら、作っておいたものをアイテムボックスから取り出した。
「凄いわ、アイテムボックスまでお持ちなのね。
それでこの乳液……あら、とっても上物じゃない?
それにこのヘアオイルも――……良いわね」
レオノーラさんは瓶から、それぞれ数滴ずつ取って品定めをしていた。
その様子を見る限り、合格点はもらえているようだ。
「よろしければお譲りしますよ」
「あら、悪いわね。おいくら?」
「いえ、お近づきのしるしに差し上げます」
「……アイナさん。私に取り入っても、良いことはないわよ?」
え、取り入る? ……ああ、そういえばレオノーラさんって王族だもんね。
取り入ろうとしてくる人間なんて、それこそたくさんいるのだろう。
「うーん……。
いえ、私は商売をしているわけではないですし……」
「あら、良いじゃない。商売にしてしまえば?」
「え?」
「これほどの品質であれば、引く手あまただと思うわよ。
私としても、お金で買えた方が気兼ねしないで済むし」
……なるほど、立場がある人ならそうかもね。
タダより高いものは無い、って言うくらいだし。
「そうですね、それでは商売にすることも考えてみます。
今回はその助言を頂けたということで、やっぱりこれは差し上げますね」
「そう? それではありがたく、頂いておくわ。
助言の対価なんだから、何も便宜は図ってあげないからね?」
「はい、お気にせず!」
王都で、錬金術のお店を出す――
……神器のことばかり考えていたから、お店だなんて想像もしていなかったけど……それはそれで面白そうだ。
でも本命は神器の作成だから、その合間に……くらいで考えておこうかな?