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第十二話:枯渇した「源泉」の覚醒
玉藻から語られた「朧月館」の惨状は、僕の想像を遥かに超えるものだった。先代のあるじが逃げ出し、心臓を失った宿は、文字通りあやかしたちの死体と絶望が積み重なった墓場と化していたのだ。だが、僕という「三色の角」を持つ王が現れたことで、宿の血脈は再び微かに脈打ち始めている。
「あるじよ、まずはこの宿の命を蘇らせるのじゃ。あやかしにとって、湯はただの癒やしではない。それは、お主の霊力を身体の隅々にまで浸透させるための『媒介』なのじゃ」
玉藻に手を引かれ、僕は宿の最奥にある大浴場へと向かった。
かつては「万魔の湯」と謳われ、一口浸かれば千年の寿命を得るとまで言われた場所。しかし、目の前に広がる光景は、あまりにも無惨だった。
広大な石造りの浴槽は、ひび割れて底が見え、溜まっているのは濁った泥水と、死んだ妖力の残滓である黒い沈殿物のみ。壁を飾っていた見事な彫刻は剥げ落ち、天井からは不気味な蔦が垂れ下がっている。そこには、命の温もりなど微塵も感じられなかった。
「……ひどいな。これが、宿の心臓なのか」
「そうじゃ。先代が去り、霊力の供給が途絶えた瞬間、源泉は固く閉ざされた。あやかしたちは、最後の一滴を啜り合って共食いを始め……やがて、誰もいなくなった。……だが、今のお主ならば、この枯れ果てた大地を再び潤せるはずじゃ」
玉藻は僕の背中に寄り添い、その豊満な胸を押し当てながら、僕の角に手を添えた。
背後からは、お凛と小雪もまた、期待に目を輝かせながらついてきている。
「にゃあ。ここのお湯が戻れば、お凛の毛並みももっとツヤツヤになるんだにゃ。旦那様の霊力がたっぷり溶け込んだお湯……想像するだけで、お腹が空いてくるにゃ」
「……つめたい、水……。……熱い、湯……。……混ざれば、……心地よい……」
二人の言葉が、僕の背中を押す。
僕は浴槽の縁に立ち、ひび割れた床に膝をついた。そして、角に全神経を集中させる。
朱色、黄金、銀白。三つの色が螺旋を描き、僕の視界を極彩色に染め上げていく。
「さあ、あるじ。お主の精を、命を、その溢れんばかりの情熱を、この大地へ解き放つのじゃ。……妾と、共に」
玉藻が僕の首筋に鋭い牙を立てた。痛みはない。ただ、彼女の妖力が導火線となって、僕の中に溜まっていた「三色の霊力」が爆発的に膨れ上がった。
「くっ……あああぁぁぁ……っ!」
僕は両手を泥の底へと突き立てた。
その瞬間、僕の指先から、眩いばかりの三色の光が放射状に広がっていく。
朱色の炎が泥を焼き、不純物を浄化する。
黄金の光がひび割れた石を修復し、失われた輝きを取り戻す。
銀白の冷気が、過熱しすぎた大気を鎮め、清冽な「水」の種を呼び寄せる。
ゴゴゴ、と地の底から不気味な、しかし力強い地響きが聞こえてきた。
長い間眠っていた源泉が、新しき主の呼びかけに応えようとしているのだ。
「もっとじゃ! もっと注げ! お主のすべてをこの宿に捧げよ!」
玉藻の叫びと共に、僕の視界が真っ白になった。
ドォォォォンッ!!
凄まじい轟音と共に、浴槽の中央から、三色の光を帯びた「霊湯」が噴水のように噴き上がった。
枯れ果てていた導管が悲鳴を上げながら蘇り、澄み切った、それでいて濃厚な魔力を孕んだ湯が、みるみるうちに巨大な浴槽を満たしていく。
「にゃ、にゃあああ! すごいにゃ! 霊力が濃すぎて、空気が甘いくらいだにゃ!」
お凛がたまらず衣を脱ぎ捨て、一番風呂へと飛び込む。
彼女の細い肢体が三色の湯に包まれた瞬間、彼女の尾がさらに太く、艶やかに輝き始めた。
「……あつい、のに……しびれる……。……これが、……あるじの……」
小雪もまた、無表情ながらも頬を赤らめ、静かに湯へと足を踏み入れる。
冷徹な彼女の身体が、僕の霊力に中から温められ、その肌が真珠のような光沢を放ち始めた。
だが、玉藻は動かない。
彼女は湯に浸かる二人を冷ややかな目で見下ろすと、まだ荒い息をついている僕を、背後から強く、壊さんばかりに抱きしめた。
「ふふ、よくやったえ、あるじ。……これで宿の血脈は繋がった。……だが、忘れるな。この湯を蘇らせたのはお主と妾の契りがあればこそ。お主の精髄を最も深く受け取るのは、正妻であるこの妾なのじゃ」
玉藻は僕の耳元で囁くと、僕の身体を強引に自分の方へと向けさせた。
湯気が立ち込める大浴場。蘇ったばかりの霊湯の香りが、僕たちの本能を激しく揺さぶる。
「……あるじ。湯が戻った祝杯を挙げようぞ。……この三色の湯の中で、妾を満足させてたもれ。お主が流し込んだこの霊力を、今度は妾が、お主の身体から直接……最後の一滴まで搾り取ってやるわ」
玉藻は僕の着物を剥ぎ取ると、湯船の中に僕を押し倒した。
温かな湯が二人を包み込み、混ざり合う。
蘇った「万魔の湯」の中で、僕と玉藻の、さらに深く、さらに苛烈な儀式が再び幕を開けた。
宿の復興は、まだ始まったばかりだ。
だが、僕はこの時、確信していた。僕という「心臓」がある限り、この宿は、かつて以上の魔宮へと変貌していくことを。