『いい加減に諦めてくれる?アンタじゃないのよ。アンタがいていい世界じゃないし、それは本来私の身体だったのよ?』
「だから何?」
夢の中に頻繁に彼女が出てくるようになった。
不機嫌な顔で私を睨み付けてそれから、私の身体は本当は自分のものだと主張してきて。見下すような目は冷ややかで嫉妬にまみれていて。見ていてゾッとするような、その夕焼けの瞳に、私は息をのむしかなかった。もう、完全に日が沈んでしまったような瞳は、冷たく、私への憎悪が隠し切れていない。
(エトワール・ヴィアラッテア……)
本来エトワール・ヴィアラッテは、このゲームの悪役だった。悪役聖女。偽物聖女と言われて、皆から蔑まれ、嫌われ、そうして本物の聖女が召喚され、彼女は偽物聖女の消えない烙印を押されることになった。愛されるトワイライト、彼女に嫉妬してエトワールはあれやこれやと悪事に手を染めていく。聖女らしくいようとした彼女の姿はもうそこにはなくて、あるのは、変わり果てた嫉妬の塊だった。
そんな彼女が、どうして今また出てきたのだろうか。
『その身体を私に譲りなさい?そうしたら、アンタは痛い目を見ずにすむのよ。それに、アンタのいた世界に戻してあげるわ』
良い条件でしょ?
と、不敵に笑う彼女を見て、つくづく可哀相な人だと思った。愛されない原因を作ったのは……ううん、途中で努力をやめたのはそっちだろうに。いや、彼女を責める理由も何もない。彼女は、ただその容姿から聖女じゃないって言われて、嫌われて、邪険に扱われて……それは、私も此の世界にきて身に染みて分かったことだった。
何もしていないのに嫌われて、偽物扱いされて。それがどれだけ苦しかったかなんて、忘れようと思っても忘れられない。だからこそ、本来の彼女の事を知っている身として、彼女も救われないといけない人物だと思った。
でも、だからといって、自分が虐められたからと言って悪事に手を染めるのは違うと。私はそういう意を込めて、彼女を見た。
エトワールはピクリと眉を動かし、不愉快だと言うように、口元を歪ませる。
『何でアンタは愛されるのよ。何で私じゃないの』
「努力した……って、そんな言葉で表しちゃダメなんだろうけど。でも、私だって辛かった。だから、アンタの気持ちはよく分かる……」
『どの口がッ!』
ぼんやりそこに浮かんでいた、エトワール・ヴィアラッテは私の真正面まで来ると、私の首を絞めた。夢だと分かっていても、息苦しくなって、酸素が足りない肺は、酸素を求め口を開かせた。けど、もの凄い力で首を絞められているため、息を吸おうにも上手く吸えなかった。
こんな悪夢に毎夜苦しめられている。早く覚めろと思っても、私の意思なんて無視するように、この悪夢は続いた。
悪夢なのか、本当は現実なんじゃないのかって思うくらい、リアルで、生々しいものだった。
彼女の殺意が、怒りが、嫉妬が、そこに感じられたから。
『死になさい、死になさい、死になさい、死になさい。死ね、死ね、死ね、死ねッ!』
「……ッ」
女性の手のはずなのに、男性に首を絞められているの勝手くらい苦しかった。まあ、男性に首を絞められたこともないから分からないけど、何処からそんな力が出ているのかって怖いくらいには、締められる。
(う……このままじゃ本当に死ぬ)
いつもなら、ここで夢から覚めるのに、何故か今日は一向に覚めなかった。この頃見る悪夢はひにひに長くなっていっているから、もしかしたら本当に頃猿可能性が出てきて仕方ない。
悪夢を見ていることは誰にもいっていないから、ただただ自分が衰弱していくだけだった。いったところで、夢に潜り込めるわけでもないし、誰かが助けてくれるわけでもないから。だから、これは自分一人の問題だと、そう思って。
それがいけなかったのだろうか。
『アンタがいなくなれば、私は愛される。アンタさえいなければ』
その言葉も何処かで聞いたことがあった。だって、その言葉は、本来私じゃなくて、トワイライトにいうはずの言葉だから。だから、凄く不思議な気持ちだった。自分がヒロインになったような、そんな感覚さえした。
(可笑しな話……)
だって、エトワールは、中身は私とは言え、同じ身体の顔の……自分の首を絞めているのだから。笑っちゃいけないけど、もう笑うしか無い気がしてきた。
『何が可笑しいのよ』
「だって……私を殺したところで…………私の身体に入り込んだところで、きっと、幸せに何てなれない……きっと、きっと、アンタが愛してもらえることはない」
『煩いわねッ!』
グッと力がさらに込められる。これは不味いと、ぐるんと上を向いた目玉をどうにか戻そうと必死に藻掻くが、身体から力が抜けていくような感覚さえした。本当に不味い、そう思って意識が飛びかけたとき、温かい光が目に飛び込んできたのだ。
「……ッ、はあ、はあ…………はあ……」
夢から覚めた。間一髪の所で。
首はまだジンジンいていて、絞められているのではないかと疑わしくなるほど。今も尚、私の後ろにエトワールがいて、私の首を絞めている想像が容易に出来た。あの殺意にまみれた顔で。
(はあ……大丈夫生きてる)
尋常じゃないほどの汗をかいて、ネグリジェはぐっしょりと濡れていた。本当に、死の間際を体感した。眠るのが怖くなるほどの悪夢だった。でも、矢っ張り、こんなこと誰にも言えないと思った。
ラジエルダ王国で会ったあの少女は、確実にエトワール・ヴィアラッテだと確信する。そして、彼女は私の身体を乗っ取ろうと……私に成り代わろうとしているのだと。夢から想像できた。でも、何で今になって彼女が出てきたのかは不明だ。混沌がいたから? それとも、何かしらの影響でこちらに飛ばされてきた? 謎は多いが、兎に角、エトワール・ヴィアラッテが私を嫌っている、殺そうとしているのは明白だった。
狙いは私。
なら、私に出来ることは、やはり周りに迷惑をかけないことじゃないだろうか。私に出来る唯一のこと。
私は、ベッドから降りて、部屋を出ようとドアノブを捻った。すると、あちらからドアが押され、ひょこりと顔を覗かせたリュシオルと目が合う。
「エトワール様?」
「うわっ、何だリュシオルか吃驚させないでよ」
私がそういえば、リュシオルは、怪訝そうに眉をひそめる。いつも通りに挨拶したつもりだったけど、何だか彼女の顔は硬かった。私が、何事かと思ってリュシオルの顔を見ていれば、彼女は私の許可も得ず部屋に入ってきた。
「え、え、何?何?リュシオル」
「エトワール様、顔真っ青よ。どうしたの」
「え?いや、いつも通りだと思うけど……」
「はあ……」
ため息をついて、リュシオルは私の肩に手を置いた。そして、鏡を見なさいといわんばかりに、私を三面鏡の前に立たせる。確かにそこには、あり得ないくらい真っ青な私がうつっていた。こんな風になってたんだ、と他人事のように思っていれば、鏡越しにリュシオルと目が合う。
「ねえ、エトワール様。何か私に隠してることない?」
「リュシオルに隠し事?ないない」
「じゃあ、何でそんなに顔色悪そうなのよ」
と、リュシオルに聞かれる。何でっていわれても、悪夢を見ているからとしか答えようがない。でも、これをいったところで解決できるかといわれればノーである。だから、言わなくてもいっても一緒だと思って、いっていない。
けど、リュシオルを心配させたくないなあと思った。
(信用していないわけじゃないけど……心配させたくない)
それは、トワイライトにもリースにもだ。だって、今回は明確に私を狙っているのだから、他の人を巻き込むのはダメなんじゃ無いかと思ったから。私に成り代わって愛されたい、それからどうするの? って、エトワール・ヴィアラッテに聞きたいけど、聞いたところで彼女が答えてくれることはないだろうし……
「何でもないよ」
「エトワール様。嘘つかないで」
「本当に何でもないってば」
私はそう笑って誤魔化すことしか出来ない。心配してくれるの、嬉しかったはずなんだけど、何でかな、今は全然嬉しくない……というか、心配させたくないから嘘をつくって言う感じ。何だろ、私も変わっちゃったのかな。
洗脳されたアルベドにあってからか、それともラヴァインが記憶喪失になってからか。何処からか、私も可笑しくなっている気がする。
成長はしているはずなんだけど、どうも最近からまわってばかりな気がする。一人で抱え込みすげているからかな。
(……そんなことないよね。いつも通りだよね)
変わっていっているような自分、その変化に驚きつつも、今は出来ることをしようと思った。
「何でもないよ。本当に」
そう、もう一度笑ってみせた。
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