「ねえ、エトワール。最近、エトワールのメイドから、エトワールが可笑しいって言われたんだけど」
「私が可笑しい?失礼な話ね」
ある日、いきなりラヴァインに声をかけられたと思ったら、そんなことを言われた。メイド……リュシオルの事だろうが、リュシオルがラヴァインにそんなことを言うなんて珍しい。と私は思いながらラヴァインを見る。彼も、何処か心配そうに、でもいつも通りに私に話し掛けてきていた。此奴にも、人を心配きる心があるなんて……と感心しつつも、私もいつも通りの対応をする。
私の中では、いつも通りの私だった。
「エトワールって変わったよね」
「変わった?いや、よく言われるけど、アンタとはそんなに接点ないんじゃ……」
「悪い意味で変わったっていってんの。俺は。そりゃ、エトワールと最初から一緒にいたわけじゃ無いしさ。エトワールと一緒にいる奴らよりかは、エトワールのこと知らないよ。けど、最近変わったって、すぐ分かった」
と、ラヴァインはいう。
良い意味で変わった。とは、よく言われたが、悪い意味で変わった……何て言われたことなくて、驚いた。でも、ラヴァインが言うならそうなのかも知れない。私は、別に普段通り、いつも通りだと思っているけど。
(確かに、荒れてるかも知れないけど)
それを表に出したりとかはしなかった。いつも通り。誰かに当たるとかそういうのもなかったし、自分の内に秘めているだけ。ただ、それだけなのに。
何で、ラヴァインはそんな風に思ったのか。
「私が、悪い意味で変わった?どういうこと?」
「自覚あるんじゃないの?俺みたいに、汚くならないで欲しいし、エトワールには、エトワールのままでいて欲しい」
いっている意味が分からない。結局何が言いたいのか、何が伝えたいのか分からなかった。いや、理解しようとしなかったのかも知れない。あまりにも、最近立て続けに色々あって、整理がついていないのだ。
私は、ラヴァインから目を背けつつ、「変わってない」と口にする。そう口にすることで、どうにか自分を取り繕うとした。それが、上手くいかないのは、自分がよく分かっている。
「嘘つくようになった。それも、息をするように嘘つく」
「嘘なんてついてない」
「じゃあ、何でエトワールのメイドは悩んでるの?エトワールの事でさ。エトワールと、あのメイドって仲良かったよね?喧嘩でもした?」
と、ラヴァインは聞いてくる。
聞かれたくないこと。知りたくないことが、頭に次から次へと入ってきて、気が狂いそうだった。私の耳元で、エトワール・ヴィアラッテアが囁くようだった。
『アンタも、私と同じじゃない。誰かを傷付けることしか出来ない、愛されない人間なのよ』
「違う!」
「エトワール?」
思わず口に出してしまった。
叫んだ。違うといいたかった。此の世界にきて、愛されないって感じたことは一階や二階じゃなかった。嫌われて、偽物の烙印を押されて。それでも、私を助けてくれる人がいたから、ここまで来た。その人達まで嫌いたくないし、その人達は好きでいたい。
でも、もし、私の侍女が、リュシオルがなかったら? リースの中身が遥輝じゃなかったら? もし、トワイライトの中身が本物のヒロインだったら? もしそうだったら、そんな世界だったら、私はエトワール・ヴィアラッテアに転生してもやっていけなかったかも知れない。偶然に偶然が重なって、運命のイタズラが、女神が微笑んだから、こうしてやっていけている。
だから、もし、全く知らない世界に悪役として彫り込まれたとき、私は普通でいられたか。きっと無理だった。無理だったかも知れない。
「私は……違う。私は……」
「エトワール、落ち着いて。ごめん、俺が言いすぎたかも」
そう言って、私の肩をだくラヴァイン。
みっともないなあ、何て思いつつも、自分を落ち着かせるために深呼吸を繰り返す。でも、上手く据えなくてむせ込んで、生理的な涙がにじむ。
災厄ははねのけた。恋人だって出来た。妹がいて、私を思ってくれる人がいて、凄く幸せで。この幸せはずっと続くものだと思っていた。もう、辛いこと何てないって、辛いことがあっても乗り越えていけるって、そう本気で信じていた。
だからこそ、今の状況を目の前にして、私は打ちひしがれている。こんなの望んでいなかった。何でまた、こんな目にって。
「ラヴィ、ごめん」
「謝らなくて良いよ。何かあったんでしょ?教えてよ、エトワールのこと」
と、ラヴァインは優しく聞いてくる。子供をあやすようなそんな優しい声に、私は救いを求めてしまいそうになった。
誰もいない廊下で、ラヴァインと二人きりで。これから、一人城下町にでも行こうと思っていたときに、ラヴァインに声をかけられた。何かと思ったら、私が変だというのだ。いつも通り取り繕って、いつも通りの私でいようとした。でも、ラヴァインにはそれを見抜かれてしまう。他の人も、きっと私の異変には気づいている。でも、いわないのだ。
「隈も凄いし、寝たら?大丈夫だよ、寝過ぎとかいわれないんだしさ。だから、エトワール。もっと自分の事大切にして」
「寝る……?」
「そう、寝たらいいと思う。寝たら、殆どのことどうでもよくなるだろうし」
そう、ラヴァインはいって安心させるように笑う。でも、私はちっとも安心なんて出来なかった。だって、寝たら、またあの悪夢に魘されることになるから。だから、寝不足って言うのもあるけれど、寝るのが怖くなってきた。前世は、課題なんてやりたくないし労働も嫌だ、ずっとゴロゴロしていたい寝ていたいって思っていたのに。こんなに眠るのが怖くなるなんて思いもしなかった。
こうやって、エトワール・ヴィアラッテアは私をじわじわと追い詰めていくつもりなんだろう。思惑通りになりたくない、けれど、あっちの方が一枚上手なんだ。
「寝るのが怖いの」
「寝るのが?」
「何でだろ、アンタに話してもどうにもならないって分かってるのに……それでも、誰かに聞いて欲しいって思っちゃう」
「それだけ、思い詰めてるって事でしょ。俺の事信用してくれるのは嬉しいし、エトワールの力になりたい。だから、話してよ」
と、ラヴァインは優しく誘導する。
確かに、ラヴィンのことは信用出来るようになってきた。だから、話しても良いか持って思ってしまった。でも、話したところでどうにもならないって分かっているから、口を開けずにいる。一人で解決できることじゃないし、かといって誰かに話してもどうにもならないことだって分かってるんだ。
でも、でも――
「ごめん、矢っ張り大丈夫」
「大丈夫って、全然大丈夫って顔してないのに、何でそんなに強がるんだよ!ねえ、エトワール!」
「ごめん、今から城下町に行こうって思ってて。ごめん、ラヴィ。また帰ってきてから」
私は、そうラヴァインに伝えて、その場を去った。彼に捕まりそうだったから、精一杯、全力で走って廊下を駆ける。後ろから何か聞えたけれど、無視だ、無視。
自分がこんなに追い詰められているって思わなかったから、どうしようもなくて、辛くて、悲しくて。また、一人になってしまったような気がしたんだ。
世界に独りぼっちとか、そう思ってしまうぐらいに。
気づけば、坂を下って、城下町に来ていた。思えば何も持ってきていない。お金もないし、髪の毛もそのままだし。銀髪なんて珍しすぎるから、「聖女様じゃない?」ってチラチラ見られている。どうしようかな、何て考えて、立ち止まれば、さらに視線を集めてしまうような気がした。転移魔法を使おうにも、光魔法の転移魔法ってかなり面倒くさいし。かといって、戻るのももっと面倒くさい。
そう思っていると、ふいにぐいっと腕を引かれた。暗い路地へと引きずり込まれ、不味いかも、と身体が強ばる。
「や、やめてッ!」
「っと、暴れるなって。静かにしろよ」
「へ?」
聞き覚えのある声、匂いにハッと顔を上げる。何でここにいるのか、敵になったんじゃないのかって、言葉が溢れそうだった。でも、それ以上にその美しい紅蓮を目に入れてしまえば言葉なんてでてこなくなってしまう。
「アルベド」
「な?お前の敵じゃないだろ。落ち着けって」
フッと、笑った彼は、心底心配そうにその満月の瞳を私に向けていた。
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