「話したいことがあります。車に乗ってください。家まで送ります」
「はい」
車に乗ると、亜蘭《彼》がどうしてこんなにも早く駆けつけてくれたのか話してくれた。
「実は、しばらく興信所の調査を続けていたんです。もしもの可能性ですけど、九条孝介や不倫相手だった美和《家政婦》が逆恨みをして何か行動を起こすかもしれないと思い……。家政婦については特に動きはありません。まぁ、九条孝介から与えられたマンションもありますし、新しい仕事にも就いたみたいです。九条孝介は、今回の件で地方に左遷を言い渡されました。それが二週間後の来月からみたいで……。それまでは仕事の引継ぎやほとんど自宅にいることが確認できています。しかしこの間、急にベガに九条孝介が現われたという情報が入って。一応、加賀宮さんには伝えたんですが。その時にスタッフが今日から美月さんが再度出勤することを本人に伝えてしまったらしくて。今日の孝介《彼》の行動を監視してもらうよう依頼してたんです。そしたらベガの方面へ向かっていると聞いて、急遽僕が対応することになりました」
私の知らない間に、裏でいろいろ考えて動いてくれてたんだ。
迅くん、何も言ってくれないから。
ううん、きっと心配をかけたくないって気持ちなんだろうな。
さっき、ベガにいた時に孝介が来たって聞いたけど、私が今日から出勤ってことを伝えたとは言っていなかった。
平野さん、一瞬だったけど何か様子おかしかったし、何か知っているのかな。
いや、そんなことよりも孝介が私とやり直したいって言ってくるなんて。
相当おかしい。
「九条孝介が地方へ左遷されるまでの間、また美月さんに接近してくる可能性があります。気をつけてください」
「はい。わかりました」
亜蘭さんにアパートまで送ってもらった。
うーん。
いろいろ考えることがあって、夕ご飯のことなんて考えられなかった。
迅くん、何か食べたいものあるかな?
連絡しても忙しくて返事する時間、ないよね。
今日、迅くんが帰ってきたらいろいろ聞いてみよう。
とりあえず冷蔵庫にあった食材を使い、夕食を作り、彼の帰宅を待っていた。
部屋は基本的には別だが、古いアパート、彼が帰ってきたら音でわかるし、彼の部屋の合鍵も持っていた。
今日は帰りが遅いな。時計を見ると二十三時を過ぎていた。
その時――。
<ガチャ>っと隣の部屋の玄関が閉まる音がした。
帰って来たのかな。
いつも通り彼の部屋に行くと、彼はスーツを脱いでいるところだった。
「あっ、お帰り!」
声をかけると――。
「ちょっ!迅くん、どうしたの?」
ギュッと彼にハグをされた。
「今日は俺が行けなくてごめん。怖かっただろ?」
孝介のことを言ってるんだ。
「ううん。亜蘭さんが来てくれたし、大丈夫だったよ」
ギュッと抱きついて離れない彼。
「ね、迅くん。お腹空いたでしょ?ご飯食べて」
背中をポンポンしながら声をかけると
「うん。ありがとう」
私から離れ
「シャワー先に浴びてくる。美月と話をしたいから、待っててくれる?」
そう言って、彼は浴室に向かった。
すぐ食べられるように夕ご飯を温め、待っているとシャワーを終えた彼が戻ってきた。
「いただきます」
そう言っていつものようにご飯を食べ始める。
「美味い!あぁ、マジ幸せ」
少し笑ってくれた迅くんの顔を見て、なんだかホッとした。
二人で食器を片づけた後、話を切り出された。
「美月、しばらくベガへの出勤は控えよう」
「えっ?」
急な話、予想もしていなかった内容に言葉を失う。
「今日みたいにもし孝介《あいつ》がまた美月に接触してきたら危ない。何をされるかわからない」
そうだけど……。
迅くんの言いたいことはわかる。
それにこの前みたいにお店の中まで入ってきて、スタッフさんに迷惑をかけるわけにもいかないよね。
でもいつになったら安全って言えるようになるの?
「俺の方から今日のことはあいつの父親、九条社長には伝えておく。あんな人通りの多い道の真ん中で大声出して騒がれて、もし通報されたら社長も困るだろうし。左遷の話は決定らしいから、あいつが東京から出るまでの間、しばらくは美月も気をつけていてほしい」
せっかくまたベガに行くことができると思ったのに。
役に立てることが見つかったと思った。
悲しかったけど、私が無理矢理出勤してスタッフさんたちに何か迷惑をかけてもイヤだ。
「うん。わかった。孝介が近くから居なくなるまで、ベガに行くのはやめるよ。行ったり、行かなかったりでベガの人たちにまた迷惑かけちゃったけど」
「それは美月が悪いことじゃないから。ベガのリーダーには俺の方から上手く説明しておく。孝介《あいつ》も引っ越したら忙しいだろうし、前みたいに社長のコネも使えなくなるから、仕事だって大変になるだろうし。俺たちのことなんて思い出すヒマもなくなる。それまで我慢だな。あー。本当にいつまでもネチネチしてきて嫌な性格だな、あいつ。自分の行いが悪いって認めたくないんだろうな」
はぁと迅くんは溜め息をついた。
「ごめん。迷惑かけて」
「美月は謝らなくていい。とりあえず、出かける時とか注意して。一応、な?」
「うん」
その一カ月後――。
「迅くん、朝だよ!起きて!?」
「う……ん。もうちょっと寝たい……」
彼は枕に顔を埋めた。
「ダメダメ!遅刻するよ!」
私は変わらず迅くんと半同棲生活を続けていた。
不安視していたことも何も起こらず、平和な日々を送っている。
孝介はもう地方で働いていると聞いた。私と住んでいたマンションも引っ越したそうだ。
「今は真面目に働いているって九条社長が言っていたけど。とりあえず、他の社員もいる手前、しばらくはこっちには戻って来させないって言ってた」
迅くんがそう教えてくれた。
孝介が何かしてくるとか、考えすぎだったのかな。ベガにもあれから行っていないみたいだし。
とりあえず、本当にこれで|孝介《彼》と離れることができて良かった。
相変わらず迅くんは仕事が忙しくて、一緒にいる時間も短いけれど、それでも彼が「ただいま」と変わらず帰って来てくれるだけで嬉しい。
《《夜の彼は》》激しすぎるところもあるけど、それも彼の愛情表現だと最近は思うようにしていた。そんなある日――。
「美月、やっぱり一緒に住むところ探そう?」
仕事から帰ってきた彼にそう言われた。
「えっ?」
ベガに出勤できない私は、平日の昼間は近くの高齢者施設でボランティアをしていた。
家の掃除やご飯を作ることは楽しいけど、何か人のためになることをしたかった。
それを彼も応援してくれた。私がこうして自由でいられるのも全て迅くんのおかげ。
「どうして?急に」
今は迅くんが所有している木造アパートで一人一部屋ずつ使い生活している。
まぁ、隣の部屋だしほとんど夜は一緒だけど……。
このアパートにこだわっているのは、子どもの頃の経験が関係しているって前に教えてくれた。
私が離婚して、一緒に暮らせるようになったらこのアパートには未練はないって言っていたけれど。
「やっぱり、常に美月と一緒にいたい」
「部屋は別だけど、ほとんど一緒だよ?」
彼は仕事が忙しくて出張などがあると帰ってこない時もある。
企業のイベントに呼ばれる時もあるし、その時はホテルに泊まることも多い。
このアパートに帰ってくる時は、一緒に過ごすことが多いのに。
うーん、一緒の部屋ではないけど、お隣さんですぐ行ける感じだし……。
「俺と居ることがそんなにイヤなの?」
どうしてそんなに極端なの。
「嫌じゃないよ。今の生活は迅くんが居てくれるからだし」
「じゃあ、いいじゃん。もっと広い部屋に引っ越して、普通に同棲したい」
普通に同棲……か。
確かに普通の同棲とは言えないよね。
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