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「迅くん、引っ越しとか大丈夫?仕事、忙しいだろうし」
「大丈夫。住みたい家は、美月と一緒に決めたい。だからすぐってわけじゃないけど」
ふぅと息を吐いたあと
「なんか最近、忙しすぎて美月と一緒に居られる時間が減っている気がして。だから、なんつーか。不安定」
珍しく彼が倒れ込むようにハグをしてきた。
「大丈夫だよ。私はここに居るよ。どこにもいかないから」
よしよしと彼の頭を撫でる。
「迅くんもどこにもいかないでよ?」
「はっ?いくわけないじゃん」
反抗期の子どもみたい。迅くん、相当疲れてるのかな。
「明日の午後、休みになったからマンションの内見に行こう」
「えっ。いいけど、迅くん、休んだ方がいいんじゃ?」
「イヤ、行く」
一度決めてしまったことを彼が取り下げることはない。
「うん。わかった」
「午前中は会議があって。美月、本社の近くまで来れる?仕事終わりに行く」
「良いよ」
「やった!楽しみだな」
あっ、やっと笑ってくれた。
彼の表情に安堵する。
迅くんと一緒にお出かけするの、久しぶりだからなんだか私も楽しみになってきちゃった。
急に決まった彼との新居の話、明日あんなことが起こるなんて誰が予想できただろう。
…・――――…・―――
昨日――。
「亜蘭、俺に《《もしも》》のことがあったら頼む」
「イヤですよ。ていうか、いきなりもしものことって何ですか?」
休憩中、社長室のソファーに横になり、天井を見つめていた。
「せっかく美月さんと結ばれたのに、どうして弱気になってるんですか?」
「美月が離婚したらもっとラブラブになれると思ったんだけど、なんか美月が素っ気ない。同棲しようって言った時も断られたから、強制的に隣の部屋に引っ越しをさせたけど。真面目すぎて。もっと<迅くん大好き、愛している>って言ってほしい」
美月が近くに居るだけで満足しなきゃいけないのに。
さらに愛情を求めてしまうのは、俺の性格が歪んでるから?
「はぁ。美月さんのご飯をほぼ毎日食べれて幸せじゃないですか。俺は加賀宮さんが羨ましいですけどね。ラブラブって言い方、面白かったですけど」
俺のキャラじゃないってことか。
「そんなに悩んでるなら、もう一回しっかりと<同棲をしたい>って伝えれば良いじゃないですか?あ、あと正式にプロポーズはしたんですよね?」
亜蘭からの容赦ない言葉にさらに自信を無くしそうだ。
「……。言ってない」
「えっ?伝えてないんですか?」
資料を読んでいた手が止まった。
「美月さんに<大好き、愛している>って言われたいんなら、まず自分が行動しないと……。相手からの愛情を求めてばかりいてはダメですよ」
真っ当なことを言われ、何も言い返せなかった。
「<迅くんの隣に居ても自信が持てるような女性になるまではダメ>って言われたらヘコむ」
過去に美月にそんなことを言われた。
俺は美月が居てくれれば何も要らないのに。
「プロポーズ、フラれるのが怖いんですか?仕事は完璧なのに。本当、プライベートは普通の人なんですね」
仕事だって普通の人間だけどな。
「俺が知っている加賀宮さんは、弱音なんて吐くような人じゃなかったから、なんだか新鮮で面白いですけどね。高校の時に、あんな人数相手にケンカ吹っ掛けてた人だとは思えませんよ」
アハハっと亜蘭は昔を思い出したかのように笑った。
「そんなこともあったよな。あの時の俺は、今の俺なんて想像してなかっただろうな」
誰かに愛されたいなんて感情はなかったし。
「九条孝介が居なくなってからしばらく経ちましたし、告白してみたらどうですか?」
|孝介《あいつ》が東京から離れて、接近してくる可能性もほとんどなさそうだし。
「あぁ。考える。美月が《《断らないような》》告白を」
「どうしてそんなに強引なんですか。嫌われますよ」
ふぅと亜蘭が息を吐いたのがわかった。
…・――――…・―――
今日は急に迅くんの希望で、二人で住むところの内見に行くことになった。
彼が午後からお休み。
仕事が終わってからそのまま知り合いの不動産会社に行きたいということで、私は会社近くのカフェで時間を潰していた。
迅くんから<もうすぐ帰る>という連絡が来たため、会社のエントランスに移動しようと思い、カフェの席を立つ。
間取りとかそういうこと全然相談してないけど、大丈夫なのかな。
迅くんってどんな部屋に住みたいんだろ。
そんなことを考えていた時だった。
「お待たせ」
迅くんの声がした。
振り返ると彼がいた。
もう《《社長モード》》はやめているのか、メガネはしていないし、ネクタイも外している。
「あっ。迅くん。お疲れ様」
「会社の駐車場に車を停めているから、行こうか?」
「うん」
案内され、歩いていた時だった。
彼の動きが止まった。
「どうしたの?」
不思議に思い、顔を覗き込む。
とても冷たく、何かを睨みつけている。
その方向を見ると――。
「えっ……。なんで……?」
私も驚きの余り、動けなくなってしまった。
「どうして孝介がここにいるの?」