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玄関。
靴が六足並んでいる。
俺はその前で立ち止まった。
外は明るい。
でも、胸の奥がきゅっと縮む。
「……五分だけでいい」
みことが言う。
未来を、断言しない声。
「途中で戻っても、失敗じゃない」
すちが続ける。
「考えすぎたら、戻ろ」
LAN。
「感情、今は大丈夫」
いるま。
「こさ、嘘見えない」
こさめ。
誰も引っ張らない。
俺は靴を履いた。
玄関の扉が開く。
風が顔に当たる。
外の匂い。
怖い。
でも、逃げない。
一歩。
地面が、ちゃんとある。
妖怪が電柱の影にいる。
――行けそうか。
「……うん」
二歩目。
三歩目。
心臓は、速い。
でも。
叫び声は、ない。
誰も見ていない。
ただ、道がある。
五分。
長い。
短い。
「……戻る?」
みことが聞く。
俺は少し考えて。
「……もう、一分」
誰も驚かない。
六分。
家に戻る。
扉が閉まる。
「……帰ってきた」
俺は小さく呟いた。
いるまが頷く。
「うん、ちゃんと」
靴を脱ぐ。
床が冷たくない。
外はまだ怖い。
でも。
――戻れる場所がある。
それを知っただけで、
世界は、少し広がった。
家に戻って、しばらく経った。
時計はまだ大して進んでいない。
それなのに、体が重い。
俺はソファの端に座っていた。
靴はちゃんと脱いである。
でも、心がまだ外にいる。
――やりすぎた。
――目立った。
――誰かに見られた。
頭が、勝手に並べる。
LANが一瞬、こっちを見た。
思考がうるさい。
でも、何も言わない。
膝を抱えた。
呼吸が、浅くなる。
怖い。
理由は分からない。
でも、来る。
前触れもなく。
いるまがそっと近づいた。
距離は、一歩分。
「……感情、
今、揺れてる」
診断じゃない。
報告。
「怖さと、後悔と、ちょっとの達成感」
俺は目を伏せる。
「……だめ?」
その言葉が、小さく落ちる。
すぐに否定が来る。
「だめじゃない」
すち。
「普通」
LAN。
「想定内」
みこと。
「嘘、一個もない」
こさめ。
誰も、声を荒げない。
誰も、抱きしめない。
俺の選択を奪わない。
「……ごめんなさい」
それが癖だった。
でも。
「謝る理由ないから」
いるまが静かに言う。
「回復って、前に進むだけじゃない」
「揺り戻す」
LANが言葉を足す。
「今は、戻ってきてる途中」
みことがそう言った。
その言葉をゆっくり噛む。
戻る。
外に出た。
怖かった。
でも、帰ってきた。
それだけのこと。
でも体は、まだ理解していない。
「……眠い」
ぽつりと、言葉が落ちた。
驚くほど素直な声だった。
LANが少しだけ笑う。
「思考、オーバーヒート」
すちはブランケットを持ってくる。
無言で差し出すだけ。
受け取る。
拒まない。
こさめが淡々と言う。
「こさ、“起きてなきゃいけない”嘘、今見えた」
肩が、少し落ちる。
「……寝てもいい?」
確認。
命令じゃない。
「いいよ」
いるまが即答した。
「今の感情、休みたがってる」
ソファの端。
完全に横にならなくてもいい。
逃げ道のある姿勢。
自分にブランケットをかけて、目を閉じた。
妖怪が近くに集まる。
うるさくしない。
――外、頑張ったな。
声が、遠くで聞こえる。
「……うん」
眠りに落ちきらない。
でも、意識は沈む。
その間。
誰も、起こさない。
誰も、評価しない。
「五分外出して、反動きた」
LANが小さく言う。
「順調」
みことが頷く。
いるまは感情の波が、ゆっくり下がっていくのを見ていた。
すちは記憶に触れない。
こさめは嘘がないことを確認している。
俺はその全部を知らない。
ただ。
――戻ってきて、眠っても、
ここにいる。
その事実だけが、体に残る。
目を閉じたまま、俺は思った。
外はまだ怖い。
でも。
――帰れるなら、また行ける。
その考えが怖くならなかった。
それが、反動の終わりだった。