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昼下がり。
家の中は少し眠たかった。
誰かがテレビをつけっぱなしにして、でも見ていない。
誰かが台所で湯を沸かしている。
俺はソファの端に座っていた。
いつもの場所。
逃げやすい位置。
でも今日は、少しだけ違う。
――近くに、行ってもいいかも。
そう思った。
理由は、ない。
怖くないからでも、
寂しいからでもない。
ただ、そうしたかった。
視線の先には、いるまが座っている。
背中が見える距離。
「……」
声を出すのは、まだ少し勇気がいる。
だから。
俺は一歩だけ、位置をずらした。
近づきすぎない。
触れない。
それだけ。
いるまはすぐに気づいた。
でも、振り向かない。
感情が見えているから。
「……傍、来た?」
静かな声。
問い詰めない。
「……うん」
俺はそれだけ言う。
いるまは少し体をずらして、
スペースを作った。
「ここ、空いてる」
誘わない。
拒まない。
俺はそこに座った。
肩は触れない。
でも、遠くない。
しばらく、何も起きない。
心臓が落ち着いてくる。
妖怪が二人の影に混じる。
――甘えてるな。
俺は否定しなかった。
「……いい?」
小さな声。
何が、とは言わない。
いるまは少し考えてから、
「いいよ」
とだけ答えた。
ほんの少し、体重を預ける。
完全じゃない。
逃げられる程度。
それでも。
――落ちない。
殴られない。
怒られない。
離されない。
ただ、そこにある。
「……あったかい」
思わず、口から出た。
いるまは笑わない。
でも、声がやわらかくなる。
「人は体温あるからな」
当たり前みたいに。
そのまま目を閉じた。
眠らない。
ただ、休む。
甘えたい、でも、
甘え“きらなくていい”
それがこの家の優しさだった。
午後。
カーテン越しの光が床に落ちている。
俺はソファの前で座っていた。
膝を抱えて、いつでも立てる姿勢。
眠い。
外に出た反動はまだ少し残っている。
視線の先にはLANが床に座っていた。
壁にもたれて、目を閉じている。
起きてるのか、
寝てるのか、
分からない。
――膝。
一瞬、考えが浮かぶ。
頭を乗せたら、楽かもしれない。
でも。
それは、まだ早い。
その代わりに、少しだけ位置をずらした。
頭がLANの膝の近くに来る。
触れない。
数センチ。
LANの目が薄く開く。
「……そこ、落ちるよ」
注意じゃない。
心配。
「……大丈夫」
小さく答える。
そのまま、壁に頭を預ける。
膝じゃない。
床でもない。
間。
LANは何も言わなかった。
考えが、静かになる。
聞こえる。
LANの呼吸。
家の音。
妖怪の足音。
目を閉じる。
――触れてない。
でも。
――一人じゃない。
眠りは浅い。
夢は来ない。
でも、安心だけが残る。
しばらくして。
「……起きてる?」
LANの声。
目を開けずに、
「……うん」
と答える。
「じゃあ、そのままでいい」
許可じゃない。
確認。
俺はまた目を閉じた。
膝には乗らない。
でも、距離はちゃんと近い。
それで十分だった。
夜。
家の灯りが一つ減った。
俺はソファの端で丸くなっていた。
眠るつもりはなかった。
ただ、目を閉じていただけ。
毛布は少し遠い。
取りに行くのは面倒で、でも頼るほどでもない。
――寒い。
小さく、そう思った。
足音が近づく。
気配だけで誰か分かる。
すちだ。
声はかからない。
触れられもしない。
ただ、影が落ちる。
次の瞬間、肩にふわりと重さ。
毛布。
音もほとんどしない。
すちはそれ以上、何もしない。
起こさない。
声をかけない。
記憶を覗かない。
俺は目を閉じたまま、息を吸う。
――あったかい。
体が自然に丸くなる。
毛布の端を少しだけ握る。
逃げられる余白は残したまま。
すちの足音が遠ざかる。
それで、終わり。
安心は続く。
そのまま眠った。
深くない。
でも、邪魔されない眠り。
夢は見なかった。
起きたとき、毛布はそのままだった。
――あ。
胸の奥で小さく、何かが落ち着いた。
誰かが去っても。
優しさは残る。
それを初めて知った夜だった。