翌週、5人での合わせが終わった後、俺は藤澤さんと一緒に彼の暮らすアパートに向けて歩く。
「大学から徒歩10分、走ったら5分かからないから安心して」
「わ~、ありがたい……ほんとありがとうございます」
6月も半ばとなれば、夜ももう少し蒸し暑い。藤澤さんは着ている薄手の長袖パーカーの袖をまくっている。
「今日あっついよねぇ、コンビニでアイスでも買ってこうよ」
という藤澤さんの言葉に、練習スタジオからの帰り道途中にあるコンビニに寄る。
「わぁ、なんか高校の頃思い出すかも」
「あっそれ分かる。高校生の頃、こうやってコンビニに友達とアイス買いに寄ったりしたなぁ~」
一緒の寮だった子とよく夜ごはん食べた後とか来てた、と藤澤さんが笑う。
「青春ですね~」
青春つながりでこれにしますか、と俺はパピコを指さす。べただなぁ~でもいいね、と藤澤さんが右手でピースサインを作った。
「パピコとか食べたの久しぶりだ」
店を出て、さっそく開けて半分にする俺たち。男子大学生二人がパピコを分け合って食べてるなんて、ちょっとかわいいもんだなんて人ごとのように思う。すこし温めないと出てこないから、といって藤澤さんは両手でしっかとそれを握る。
「そんなにしっかり握ったらすぐ溶けません?」
と笑うと
「いや~それがなかなかね。僕冷え性だから」
そういって藤澤さんが手を差し出す。俺はそっとその指に触れてから
「アイス触った後だから、まず濡れてて冷たいです」
と真面目な顔をしてみせる。あぁ~そっかぁ~!と悔しそうな彼。でも確かに、その指先はアイスのせいだけでなくひんやりとしていて、こんな暑い夜にはちょっぴり心地よく感じた。
「ごめんね、ちょっと散らかってるけど」
という言葉は本当に文字通り、いや、正直それ以上と言ってもよかった。そんなことあるんだ、と内心ツッコミを入れながら、おじゃまします、と部屋に上がらせてもらう。男のひとり暮らしだからきれいに整理整頓されているほうが珍しいのだろうけれど、藤澤さんの「僕、片付けが苦手で」という言葉は謙遜でもなんでもなくて、本当のことだったらしい。脱ぎ散らかされた服が主だが、空のペットボトルが転がっていたり、大学のレポートらしき書類や本なども床に乱雑に積み重ねられている。俺の視線に気づいてか、藤澤さんが恥ずかしそうに笑う。
「ごめん、本当は今日までに片付けておこうと思ってたんだけど……」
「あ、いえ……」
なんと返すのが正解か分からず、俺は視線を彷徨わせる。
「あ、とりあえずシャワー浴びてくる?タオルはこれ使って!」
藤澤さんがカラーボックスの引き出しからタオルを出してこちらに渡してくれる。ありがとうございます、と礼を言ってそれを受け取る。
「あ、玄関入ってすぐ右のドアがトイレで、その横がお風呂場だから~」
荷物をとりあえずおろし、眼鏡とコンタクトケース、着替えを取り出してから風呂場へ向かう。お風呂場はきちんと整頓されており、物も最低限のものをひととおり揃えてあるといった風であった。蛇口をひねり少し待っていると熱いお湯へと変わってゆく。少し熱すぎるが、設定温度をどこで変えるのか分からない。わざわざ藤澤さんに声をかけるのもな、と躊躇い、もう片方の蛇口をひねって水を出すことで調節することにした。
柔軟剤を使っているのであろうふわふわとしたタオルの香りは藤澤さんのそれで、何となくどぎまぎしてしまう。
「お先に使わせてもらいましたー」
と藤澤さんに声をかけると
「あ、じゃあ僕も済ませてきちゃうね」
と風呂場のほうへ消えていく。
俺がシャワーを浴びている間に少し片づけをしようとしたらしく、真新しいごみ袋に、机の上に広げられていたゴミやら紙類やらがつめこまれ、床の本なんかも少し整えられている。ちょっとだけ失礼しちゃおう、と目についたゴミを袋に投げ入れ、服の類は洗濯済みであろう物はたたみ、そうでないものや班別のつかないものは分けて一か所に集めておく。そこまで済ませると、ちょうどシャワーを済ませ戻ってきた藤澤さんが
「大森君て、魔法使いだったりする……?」
と少し片付いた部屋を見て、驚きを隠せないとばかりにこちらをまじまじと見つめてきたので、俺は思わず吹き出してしまった。
「すみません勝手に……」
「いやいや助かりました、申し訳ない~」
あっ、ごめんドライヤーこれ使ってね、と差し出される。
「ごめんねぇ、僕片付け苦手なんだよねぇ……前もそれでよく怒られてたりしたんだけど」
実家か、寮生活の時の話だろうか。
「いや、男のひとり暮らしなんてそんなものだと思いますよ。兄の一人暮らしする部屋に遊び行ったことあるけどもっとやばかったし」
う~ん、と藤澤さんが唸る。
「いや、でもこれを機にちょっとずつ片付けよう、学祭までは大森君も泊まりくるわけだから最低限は保たなきゃ」
よし、と握りこぶしを作ってみせる彼に
「俺もお世話になるし手伝いますよ。掃除とか物の整理整頓嫌いじゃないし」
「え~悪いよ、それはさすがに」
渋る藤澤さんに、掃除とか嫌いじゃないんで、と笑う。急にこうやって泊めてもらう流れになったことは申し訳なく、何か彼の役に立ちたいという思いもあった。
とりあえず明日は間違いなく抗議に間に合うように早く寝ようと藤澤さんが自身の布団の横に客用布団を並べて敷いてくれる。なんだか修学旅行みたいだね、と彼が笑った。
その夜、話が盛り上がってしまって、結局翌朝起きるのが遅刻ギリギリになってしまったと若井に話したら、当然だが呆れられた。
コメント
6件
ひろぱに怒られるの可愛すぎます( ˶>ᴗ<˶) 二人の共同生活楽しみです!
この涼ちゃんの部屋想像できるわぁ笑 せっかく泊まったのに遅刻ギリギリになったの可愛すぎる
高校なんか青春の塊だもんね〜パピコ半分はそうでしかない🤣