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ピッ
ガコ
ガシャガシャ
「あちっ」
缶から伝わる熱はいつまでも慣れない。
微糖のコーヒーの容器に俺の指先の煤がついて黒く汚れる。
俺の勤務先は火葬場。
といっても遺体を燃やすのではなく、燃やした後の掃除が俺の仕事だ。
だからきちんとした喪服や、礼儀作法などは必要ないわけだ。作業着で良い。
やりたくてやってるわけじゃない。
別に給料がいいわけじゃない。
好待遇でもない。
指や服につく灰が元は人間だったもの、と考えると少し怖い気もするが、人とあまり関わらなくてもいいので、まあまあ気に入ってはいる。
と言いたいところだが、この前自分より3つほど歳下の男が何故か配属された。
誰もこんな仕事やりたくないだろうに。
大森元貴くん。
ガリガリで、腕が傷だらけで、いかにも病んでますって感じの。
ここを希望した理由は
「死に近づいたら、何か変わると思って。」
だそうだ。
別に何にも近くない。
ただ人だったものを掃除するだけ。
ただ、それだけ。
近づきたいなら、式場などに行けばいいのに。死を一番近くで感じられるはずだ。
葬式をするくらいなんだから、親しい人の1人や2人、人間関係はあったのだろう。
親友・盟友の死を悲しむ人、涙する人、山ほどいるだろうに。
何でここに。
人と関わるのも面倒くさいし、嫌だなぁ。
「藤澤さんは何でここに?」
こいつが口を開くといつも背筋がゾッとする。
重たい前髪の隙間から覗く黒に刺されたような気がしてならない。
できるだけ、柔らかく。
いつも通りに。
「いやー、別に。高校卒業して、働き口もないし。成り行きみたいな。」
就職氷河期と言われた時期だ。
学があったわけでも、愛嬌があったわけでもなかった俺はどうにも立ち行かなくなって、気づいたらここにいたってわけだ。
「好きで始めたわけじゃないけどさ。慣れたもんよ。」
「ふーん」
「おれと一緒だ。」
あれ。
こいつこんな顔できたんだ。
思ったより柔らかい顔をする。
前髪で見えにくくなっているが、顔が悪いわけではない。いや、良いのではないか。
こんなところで働くよりも、もっとその、顔を武器にすればよっぽど金は手に入る。
それなのになぜここに、、
「おれは、人が怖くて。」
「あー、コミュ障ってところ?」
「あはは、そう見えます?実はそんなもんじゃなくて。ほら、これ。」
左手の薬指を見せられる。
第一関節のすぐ上あたりにうっすらと指輪状の刺青が、ある。間違いなく。
「年少、リング?」
こいつは少年院にいたのか、?
いや、少年院ってかなりのワルではないか、、?
危険人物の文字が頭に浮かび上がる。
血の気がサーッと引いて、脂汗が止まらない。
「そうそう。少年リング。別にソウイウことしたわけじゃないんですよ。親が入れたんです。」
親が入れた。
「おかしいってわかってます。確かにおれの親はおかしい人達だった。」
異様に時の流れがゆっくり進む。
さっきまで、目を見るのが怖かったはずなのに、いつのまにか彼の目に釘付けになっていく。
「そして、おれもおかしな人なんですよ。」
俺の左手を彼の手がそっと包み込み、手の甲に口付けをされる。
なんとも言えない感触にうっとりする。
形の良い唇を開いて薬指を根元まで口に含む。
第一関節の少し上あたりを
力任せに噛んだ。
「いたっ」
指を口に含んだまま目を嬉しそうに細める。
傷をチロチロと舐めて、何か美味しいものを食べているような顔をする。
そんなにおいしいのか。
妙に現実離れした感性のまま、いつの間にか俺の指を舐めることをやめた彼の顔を正面から受け止めようとする。
唇が重なると思っていたが、そうではなかったようだ。
顔を通り過ぎて、耳に近付く。
「これでお揃いですね。」
次の日から、大森くんは来なくなった。
自殺だったそうだ。
バイバイ👋