テラーノベル
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上空でぶつかり合う二匹の影。 ソニックブームが山肌を揺らしていた。
*
──これは、かつて常闇の底で朽ちかけた竜王の、静かな独白である。
我がすべてを失った場所があった。
常闇のダンジョン、百層。
主を喪い、誇りを捨て、翼を畳み、ただ終わりを待っていた。
千年を生きた我にとって、最後の百年は石より冷たかった。
「もう、誰も我を必要としない」
そう呟いて眠り、目覚めては現実に押し潰される。
そこへ現れたのが、サクラ殿だった。
──問答無用で足を掴まれ、ドラゴンスクリューで地にめり込んだ。
(※サクラ殿との初対面は、だいたい地面とキスから始まる)
痛みと衝撃の中で、我は確かに思った。
「これは一体、なんなのだ」と。
だが、その名を“辰夫”と呼ばれた瞬間から、我の時間は動き出した。
高貴でも理性的でもない。礼儀作法は皆無。品格は行方不明。
それでも、誰より先に動き、誰より乱暴で、周囲を置いていかない。
ユズリハ様が誇りを背負った背中なら、サクラ殿は自信だけで突っ走る背中だ。
正反対なのに──なぜか、安心できる。
我は決めた。
かつての主への忠誠は永遠。だが、今の主へは別の形で仕える。
崇拝ではなく親愛。畏怖ではなく信頼。
我はここにいる。
呆れ、笑い、心配しながら、必要な時は護り抜く。
──なお、時給は最低である。
*
ドガガガガガガガッ!!!
火竜の鋭い爪を、辰夫は最小限の動きで捌く。
そしてカウンターの拳を叩き込む。
「くぅッ!?」
「遅い。力が入りすぎだ」
辰夫が圧倒していた。
これが……竜王か。
火竜も負けじと炎を纏い、
全身を弾丸のようにして突撃する。
「うおおおおおッ! 私は貴方を超えるッ!!」
「未熟ッ!!」
激しい肉弾戦。
互いのプライドがぶつかり合う、熱い、熱い展開。
冒険者たちは口を開けて見守っている。
「すげぇ……これがドラゴンの戦い……」
「手出しできねぇ……」
「俺もバイトしようかな」
誰もが息を呑む、名勝負。
かつての王と、若き竜の、魂の会話。
*
──だが。
私は、あくびを噛み殺していた。
(……なっげぇな)
お腹空いたし。
ラーメンの話したから、口がもう豚骨になってるし。
早く帰って晩ごはん。酒も飲みたい。
この冒険者たちの命助けたし。
奢らせよう。
…破産するまで。
ふと空を見る。
火竜は辰夫との戦いに没頭している。
全神経を目の前の強敵(辰夫)に集中させている。
つまり。
背中も、足元も、ガラ空きだ。
(……やれる)
私の本能が囁いた。
卑怯? 知らない言葉ですね。
これは「効率化」です。
私は地面を蹴った。
*
空中で火竜と辰夫が拳を交差させる。
「まだよッ! 私はまだ舞え──」
火竜が叫ぼうとした、その瞬間。
シュッ…!
私は火竜の背後をとった。
「え?」
火竜が振り向く。
「え?」
辰夫が目を丸くする。
2人?2頭?の目には、満面の笑みを浮かべた私。
「お楽しみのところ失礼しまーす♪」
──その瞬間、脳内にムダ様の言葉が響いた。
『敵の足は、夢へのハンドルなんだよ。
掴んだらドラゴン・スクリューで回す。
それが俺の運転免許』
意味はわからない。
でも、回せばいいことだけは分かってた──!
私は空中で火竜の太い右足をガッチリと掴んだ。
「その美脚、もらったァァァァァッ!!」
身体を内側に捻り、全体重と遠心力を叩き込む!
そう。伝説の技、ドラゴン・スクリューだ!
「はーい!!逝ってらっしゃーい!!!」
ギュルルルルルルッ! ドガーンッ………
辰夫とのシリアスなバトルに集中していた火竜は、
対応できるはずがない。
巨体がスクリューのようにきりもみ回転しながら、
地面に垂直に突き刺さった。
ズズーン……!!
衝撃で大地が揺れ、砂埃が立ち昇る。
「ッはーはーはははははーッ!
またまた奇襲大成功ーーーッ!!」
*
「き……決まったぁぁぁぁぁッ!!」
快感!圧倒的快感!
今夜のビールは美味いぞこれ!
私ってば天才! 最強! 愛してる自分!
【システムログ】
・感情判定:ポジティブ(検知)
・スキル《怪力》:解除
・筋力:OL(事務職)
・備考:
└ 成功体験は筋力に悪影響です
└ 次回から謙虚に生きてください(調子こくな)
「……え?」
その瞬間、私の腕から力が抜けた。
「……は?」
地面にめり込んだ火竜が、真っ赤な顔で私を睨みつけた。
「貴様ぁああああ!!!」
ブォンッ!!
火竜の巨大な尻尾が、無防備な私の横腹に直撃した。
「べふぉッ!?」
女子力ゼロの変な声が出た。
今の私はただの事務職OL(筋力E)。
耐えられるはずがない。
ヒュゥゥゥゥゥン……ドォォォォンッ!!!
私はボールのように吹き飛ばされ、地面に激突した。
盛大な土煙が舞う。
「サクラ殿ォッ!?」
辰夫の叫びが遠い。
*
「はぁ……はぁ……ふざけないでよ……!」
火竜が肩で息をしながら、地上に降り立つ。
「いきなり足掴んで回すとか……なんなのよ……この女は……」
……静寂。
土煙の中から、ゆらりと影が立ち上がった。
「……」
私は、服の埃を払いながら、こめかみに青筋を浮かべていた。
「……あーあ」
私は深いため息をついた。
「せっかく……」
ギリリッ……歯ぎしりの音が響く。
「せっかく完璧に決まったのに……
余韻が台無しじゃねーかよぉおおおお!!!」
恥ずかしい!
ドヤ顔で技決めて、
直後にホームランされるとか死ぬほど恥ずかしい!
あと痛い! 腰が痛い! メイク崩れたかも!
ふつふつと湧き上がるドス黒い感情。
理屈じゃない。
計算でもない。
ただただ、ムカつく。
【システムログ】
・感情:ガチギレ
・理性:ログアウトしました
・怪力:全開
・女子力:諦めてください
・お願い:近づかないでください
『スキル:《怪力》──暴走(休日出勤)』
ドクンッ!!
全身から湯気が立ち昇る。
「痛いし……恥ずかしいし……腹減ってるし……」
私は顔を上げた。
そこには、理性の光など微塵もなかった。
「全部テメェのせいだァァァァァッ!!!」
ドンッ!!
地面が陥没するほどの踏み込み。
私は砲弾となって火竜に突っ込んだ。
「ひッ……!?」
火竜が反応する間もなく、私は上空へと跳んだ。
太陽を背に、縦に回転する。
「八つ当たりだァァァァァァッ!!!」
全体重を、両足の裏に叩き込む。
狙うは──火竜の脳天。
(考えるな。蹴れ)
「必殺!!ドロップキック!!」
ズドォォォォォォォォォンッ!!!!!
世界が──揺れた。
私の両足は火竜の頭頂部を捉え、
そのまま地面へと叩き伏せた。
いや、叩き伏せるだけでは止まらない。
メリメリメリメリッ!!!
大地が悲鳴を上げる。
火竜の身体が、岩盤を砕きながら地中深くへとめり込んでいく。
「ぎゃあああああああああ!?」
ズシンッ……!!
巨大なクレーターの中心に、火竜は首まで綺麗に埋まった。
ピクリとも動かない。
*
私はクレーターの縁に着地し、パンパンと手の埃を払った。
「……ふぅ。スッキリした」
イライラも敵も、すべて地面の底へ叩き込んでやった。
完全勝利だ。
空から辰夫が降りてくる。
口をポカーンと開けていた。
「……サクラ殿」
「ん? なに?」
「……今、一番いいところだったのですが」
「知らんがな」
私は爪が折れてないか確認しながら言った。女子力大事。
「勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」
辰夫は深く溜め息をついた。
そして、地面に刺さった火竜を見て哀れんだ。
「……不憫なヤツよ。よりによって、
この方に目をつけられるとは……」
「ふはは!辰夫!褒めてる?
いいわよ?もっと褒めなさい?」
「いや……褒めては……まぁいいか」
地面からは、火竜のうめき声だけが聞こえてきた。
「……なんで……運転免許……?」
そこかよ。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のムダ様語録】──
『敵の足は、夢へのハンドルなんだよ。
掴んだらドラゴン・スクリューで回す。
それが俺の運転免許。』
解説:
教習所では教えてくれなかった。
でもムダ様は言っていた。
掴んで回せ、と──これで車の運転もできる。(できない)
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