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「はぁ……」
疲れ切った私は、ソファの背もたれに身を預け、深い溜め息をつく。
「疲れた? ……よね。ゆっくり休んで」
暁人さんはキッチンでコーヒーを淹れていて、これも私がやると言ったんだけれど、「君は疲れてるだろうから」と押し切られてしまった。
やがて香りのいいコーヒーと高級チョコレートがテーブルの上に置かれ、暁人さんが「どうぞ」と勧めてくる。
「ありがとうございます……」
私は力なくお礼を言ったあと、ノロノロと体を起こして溜め息をつく。
「……あの、今さらなんですが、果たしてただの居候に、あそこまでの買い物は必要だったんでしょうか? 立派な服を着こなせる自信はありませんし、返品できるなら返品したほうが……。生まれて初めて見る外商に怯えて、されるがままになってしまいましたが、借金している身なのに、こんなふうにしていただく必要はありません」
「迷惑だった?」
暁人さんが困ったように尋ねてくるので、私はつい「ずるい……」と感じてしまう。
彼は顔立ちが整っていて、身長も高く体を鍛えているし、社会的地位もある立派な人だ。
でも私より年下なのは事実で、そんな彼に甘えるように言われると、何も否定できなくなる。
「……分かっていてやってるでしょう?」
チョコレートを一ついただいて尋ねると、彼は「何が?」と微笑む。
……やっぱり、分かってる……。
「気持ちはありがたいですが、……本当に彼女さんはいないんですか? 暁人さんならよりどりみどりだと思うんですが……」
「前にも言ったけど、恋人はいないよ」
「……嘘」
私は思わず懐疑的に呟く。
「嘘じゃないよ。……妬いてくれてる?」
そう言われてハッと顔を上げると、暁人さんはジッとこちらを見て笑みを深めている。
「や……っ、妬いてなんか……」
今になって彼と同棲してしまった事を意識し、全身に熱が集まっていくのを感じた。
それを察してなのか、暁人さんは立ちあがるとゆっくりとテーブルを回り込み、私の隣に座ってくる。
まさか逃げる訳にもいかず、私は俯いて身を強張らせた。
触れ合うほど近くに座られ、暁人さんの熱を感じる。
羞恥を覚えた私は赤面して横を向こうとするけれど、顎を手で捉えられ彼の方を向かされた。
「俺を見て」
言われて恐る恐る見つめると、暁人さんは優しく微笑んでいる。
「……何か、感じない?」
「『感じない?』って……」
彼の事は素敵な男性と思うけれど、それ以外に感じるものはない。
(まさか……、〝契約恋人〟としての〝行為〟を求めてるのかな)
暁人さんみたいに素敵な人が私を性的に見るはずがないと思っていたけれど、いざこうやって触れられると否が応でも胸が高まってしまう。
やがて彼は力が抜けたように笑い、「そっかー……」と溜め息をつきながら私の肩に顔を伏せてきた。
「わっ、……わっ。ど、どうしました?」
とっさに受け止めるように暁人さんの肩に触れてしまったけれど、逆にがっしりとした男性の体を余計に意識してしまう事になる。
暁人さんからは香水のいい匂いがし、私はドキドキしながら固まっている。
抱きつかれていると言ってもいい体勢で、処女ではないのに、緊張がMAXになって体が震えてしまいそうだ。
(ウィルを前にした時だって、こんなに意識した事はなかったかもしれない)
比べるのはよくないと思いながらも、私はつい過去の恋人もどきを思い出す。
ウィルとデートした時は、人種が違う上に生まれて初めてハイクラスの人とお付き合いし、されるがままになっていた。
『彼が求めるなら、なんでもすべき』と思い、まるで神様に愛されているような多幸感を味わいながら体を差しだしていた。
でも今なら分かる。あの時の私は洗脳状態にあった。
だからこそ今、私をちゃんと〝人〟として見てくれている暁人さんを異性として意識し、ドキドキしている。
「……芳乃……」
暁人さんはくぐもった声で私の名前を口にしたあと、顔を上げる。
彼は熱っぽい目で私を一瞬鮮烈に見つめたあと、顔を傾けてキスをしてきた。