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「んっ……」
暁人さんは驚いて固まっている私を抱き締め、何度も唇をついばんでくる。
潔癖そうと思っていた彼の形のいい唇は、とても柔らかい。
それに彼の体から立ち上る、微かな渋みのある柑橘の香りが鼻腔に入り込み、脳髄をとろかしてくる。
気が付けば私は優しい口づけと彼の香りに酩酊し、自ら彼の背中に手を回して縋り付いていた。
流されたと言ったらそれまでだ。
けれどウィルに振られてから父を亡くし、多額の負債を抱え、精神的に脆くなっていたところをこの人に助けられ、心の底ではずっと暁人さんに縋りたいと思っていたのかもしれない。
それを見透かされたようにキスをされては、断る事はできなかった。
(だって私は、彼の恋人役だし……)
私が心の中で言い訳をしている間も、静かな室内に、ちゅ、ちゅ、……とリップ音が響く。
気がつけば私はソファの上に押し倒され、スカート越しに下腹部を押しつけられ、彼の昂ぶりを知って赤面していた。
唇を離す前、暁人さんは私の下唇を甘噛みする。
軽く歯を立てられた瞬間、そこから全身、下腹までにもジィン……と疼きが広がっていった。
「は……」
解放された唇は濡れ、漏れた吐息に色がついているように思えた。
「……とろけた目をしてる」
暁人さんは妖艶に笑い、私の額、両頬に口づけたあと、もう一度唇にキスをする。
そのあと彼は腰を押しつけ、突き上げるように動く。
「…………っ」
先ほども「当たってる」と思ったけれど、今度は明確にセックスを思わせる動作をとられ、私は困り切って彼を見上げる。
「……その目、反則だ」
独り言のように呟いた彼は、私の頬をスリスリと撫でたあと親指で唇をなぞってくる。
「その目、……って……」
私は視線を泳がせるものの、スカート越しに感じる彼の熱に動揺し、助けを求めるようにまた暁人さんを見る。
「襲いたくなる」
そう言ったあと、彼は私の胸をぱふんと手で包んできた。
暁人さんは胸の丸みに沿って手を動かしたあと、指先に少し力を入れ、柔肉の感触を確かめる。
――食べられちゃう。
本能的な興奮と恐れを感じた私は、自然と呼吸を荒げて身じろぎする。
「あ……っ」
けれど体を動かした瞬間、下腹部に押しつけられている彼の雄をより明確に感じ、声を漏らす。
「……抱かれてもいいと思ってる?」
囁くように言われ、私は赤面したまま視線を逸らす。
(そりゃあ、恋人契約したけれど……。本当に暁人さんには好きな人いないの? やっぱり〝こういう事〟も込みで同居を求められてる?)
グルグルと考えていると、暁人さんはフハッと息を吐くように笑う。
「意地悪な言い方をしたね。立場を笠に着た事はしないと決めていたのに、どうしても我慢できなかった。……こんな事をした俺を軽蔑する?」
また捨てられた小犬みたいな目で見られ、私は思わず首を横に振る。
「……大人ですし、こういう事も含めての家政婦役と思っては……、います」
ボソボソと答えると、彼は少し悲しそうに微笑んだ。
「やっぱりそう思わせてしまうよね。……結局俺は、こういうやり方でしか君に迫れない卑怯な男だ」
「そんな事、言わないでください。暁人さんは三峯家の救世主なんですし。……本当に二億もの借金を返そうとするなら、……性的な仕事に就いていたかもしれません。でも私がホテリエであり続けられるのは、本当に暁人さんのお陰です。そのお礼ができるなら、あなたに抱かれるぐらい、なんて事はないんです」
思っている事を口にしたけれど、暁人さんは「うん」と頷くと私の頭を撫でてソファから下りる。
「……君が可愛くて、どうしても触れたくて、衝動的にキスをしてしまった。許してくれるか?」
「許すなんてそんな……」
彼は雇用主だし、恩人だ。
セックスするとしても、避妊してくれるなら応じられる。
子供じゃないんだから、それぐらいの事はして当然と思っている。
けれど暁人さんは悲しげな表情で溜め息をつき、テーブルの上に腰かけて言った。
「罪悪感ありき、恩があるから返したいという感情を利用して、君を抱きたい訳じゃないんだ。俺は本当に、心の底から君と想い合いたい」
彼はそう言い、切なげな目で私を見つめると、スルリと頬を撫でてくる。
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