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#復讐
「……パパ?誰か来たみたいだよ」
蓮がタブレットの手を止め、玄関を指差した。
インターホンのモニターには、何も映っていない。
ただ、低く、重い、何かがドアを引っ掻くような音だけが聞こえてくる。
健一は「犬の耳」をつけたまま、壊れた人形のような足取りで玄関へ向かった。
もはや恐怖すら麻痺している。
扉を開ければ、そこが本当の死の門であっても構わないとすら思っていた。
(ギギ……ッ)
重いドアが開く。
そこに立っていたのは、包帯で顔の半分を覆い
火災の凄まじさを物語るケロイド状の皮膚を晒した女だった。
「…健一、やっと、会えたわね……」
「……ひっ!え、り、里奈…なのか……?」
その声は、かつての甘い響きを完全に失い、焼けた喉から絞り出されるような濁った音だった。
里奈は死んでいなかった。
あの火災の夜、崩落する家から這い出し
絶望の淵で自分の名前さえ捨てて、復讐のためだけに生き永らえてきたのだ。
「…奈緒は死んだ。でも、あんたは生きている。……私の人生を、私の体をこんなにしたあんただけは、絶対に許さない……」
里奈が震える手で、服の懐から取り出したのは、一本の古い、血に汚れたナイフだった。
だが、その時。
「おばさん、だれ?」
背後から、冷ややかな声が響いた。
蓮が、奈緒が愛用していた扇子を広げ、優雅に歩み寄ってきたのだ。
その瞳には、実の母親である里奈への情愛など微塵もなかった。
「……蓮?私の、蓮なの……?」
里奈の目が潤む。
だが、蓮は鼻で笑った。
「汚いおばさん。パパをいじめに来たの?でもごめんね、パパをいじめていいのは、僕と、ママだけなんだよ?」
蓮は健一の前に立ち、まるで獲物を守る小動物のように里奈を睨みつけた。
「だから来ちゃダメなの!ここは僕とパパの『楽園』なんだから」
「……あは、あははは!!」
里奈は狂ったように笑い出した。
自分が命懸けで守ろうとした息子。
その中身が、自分を地獄に叩き落とした「奈緒」そのものに塗り替えられている。
「……そう。あんたも、あの女に『壊された』のね。…いいわ、健一。あんたを殺しても意味がない。あんたが一番愛し、一番恐れている『この子』を、私の手で……!!」
里奈がナイフを振り上げ、蓮に向かって飛びかかった。
健一の脳内で、何かが弾けた。
奈緒への服従、里奈への罪悪感、蓮への歪んだ愛情。
そのすべてが混濁し、彼は叫びながら二人の間に割って入った。
「……や、やめろ…っっ!!!」
暗闇の中で、肉を切る鈍い音が響く。
床に飛び散ったのは、誰の、何の血か。
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