テラーノベル
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#大人ロマンス
#サレ妻
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「…あ、が……っ……」
健一の口から溢れたのは、言葉ではなく熱い血の塊だった。
崩れ落ちる父の身体を、蓮は支えることもせず、ただ一歩下がって冷徹に観察していた。
「健一!なんで……なんであんたが庇うのよ!この子はもう、あんたの知ってる息子じゃない、奈緒の化け物なのよ!!」
里奈が叫び、血濡れのナイフを握り直す。
しかし、その手は激しく震えていた。
復讐の対象である健一を自らの手で傷つけたという事実が彼女の中に残っていた僅かな「女」の部分を揺さぶる。
そのとき
倒れ伏した健一の視界に、蓮の「足」が見えた。
蓮は、血の海に沈む父親の顔を覗き込み、その頬にそっと手を添えた。
「……パパ。痛い?でも、これで分かったよね」
蓮の口調は、もはや5歳の子供のものではなかった。
奈緒のビデオレターを繰り返し見続け、彼女の精神を吸い込んだ「器」は、今、自立した意思を持ち始めていた。
「……パパを傷つけていいのは、僕だけなんだよ。ねえ、汚いおばさん」
蓮は、健一のポケットからスマホを抜き取ると、手慣れた操作でライブ配信を開始した。
「誰か助けて……今、僕の家に『人殺し』が不法侵入してきました。パパは、僕を守って刺されちゃった」
「……れ、蓮……何をして……!」
里奈が絶句する。
「おばさん、警察が来るまであと3分だよ。…今のうちに、パパに謝ったら?パパをこんなにしたのは、おばさんと……おばさんのせいで狂っちゃった、ママなんだもん」
蓮はカメラを里奈に向けた。
全世界に晒される、火傷跡だらけの狂った女の姿。
里奈は、自分が「被害者」として復讐に来たつもりが
蓮という新しい演出家の手によって、再び「加害者」という役柄に固定されるのを悟った。
「……あはは……あはははは!! 奈緒、あんたの勝ちよ! あんたは死んでも、この子を使って私を殺し続けるのね!!」
里奈は笑いながら、自分の喉元にナイフを当てた。
「健一……。地獄で、待ってるわ」
鮮血がリビングの壁を塗り潰し、里奈の身体が力なく崩れ落ちた。
健一は薄れゆく意識の中で、自分を介抱しようともせず
ただカメラに向かって微笑む蓮の姿を見ていた。
その姿は、あの日
炎の中で笑っていた奈緒と、寸分違わず重なっていた。