コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
守護のNこと『ノイ』は見た目年齢が28~30歳くらいの全身白いイメージの男だ。ずっと下層にいて、13階だかある層のうち元々9階の統括するリーダーをやっていたそう。
以下は本人から直接聞いた話である。
それなりに地位のあるノイに普段何をやっているのか質問してみたが、結構外部に他言するのは禁止な内容が多いらしく、詳しくは教えてくれなかった。
偶然教えてくれたのは、自殺した生き物の魂の残骸を真っ暗な廃棄場のような空間で、定期的に取ってきて他の層のリーダーに渡して加工してもらう、といった内容だった。
何をしたら死後に下層に行くのかも他言してはいけないようで聞きまくっても未だに教えてくれない。ただ上層と下層について、今は均等な関係性だが、どちらかが優勢になると生きてる人間や動物に影響が出るらしい。だからどっちも同格で存在しなければいけないそうだ。
上層と下層のイメージは、上層は天国より上、下層は地獄より下、と思ってほしい。一般的な『閻魔は地獄』というのはちょっと違って、裁くという意味では下層だけども現世の地下に存在するようなイメージで、現世と閻魔のいる空間を中心に上と下が更にある、そんな感じ。
宗教的に地獄が下、天国が現世の上みたいなのも、イメージ的には間違いではない。閻魔はあくまでも死後に上下どちらに行くかの行き先を決めるような役割が主な仕事らしいので。
その自殺した後の魂の廃棄場は、閻魔も用があると行くことがあるらしい。何を目的で行っているのかは不明だが、主に下層のリーダーしか基本的には入れないようだ。もしくは入りたがらないのかもしれない。
ノイはよく変わった匂いのお香を焚いていて、その中身は例の魂の残骸だと最近教えてもらった。あれがあるから下層のノイが私の守護として憑依し留まっていられるそう。
あと、霊体にしか発音できない言葉が存在していて、禁忌ワードに関しては教えてくれない訳ではなくて、ゆっくり言ってもらっても私が聞き取れていないことが結構ある。
そんなノイは元々普通の人間で、ドイツの土地に豪邸を構える資産家だったらしい。宗派的にはキリスト教とかそっちの方で、結構ご長寿らしい。
だが、ここで私は長年疑問に思っていることがある。
ノイは半年に1度必ずドイツに戻ることがあり、生前に住んでいた土地が恋しいのかなと思いきや、本人にそれとなく聞いたら「は?失礼だなぁ。本体はまだ生きてるぞ、俺」と言われた。
…………?
めちゃくちゃ頭の上に『?』が飛んだ。
え?だって訳ありで私の守護やってるし、下層のリーダーもやってるじゃん。そもそも下層の仕事の一環で、私の魂の監視役で担当してるじゃん。
そう思っていると、ノイはあまり興味無さそうな顔で言った。
「俺、家で今も家政婦雇ってるんだわ」
ノイはちょっと悩んだ末に、私の額に手を当ててビジョンを送ってきた。
見えたのは、青っぽい屋根のかなり大きな民家と、都会ではなくわりと田舎の風景。本当に豪邸だが、イメージ的に古びた洋館に近いような感じのデザインだった。周りに木々があり、丘があるような本当にド田舎だ。車庫にこれまた青っぽい車が停まっている。
その民家には1人の老人男性がほとんど寝たきり状態でいる。その他に1人だけ、家政婦らしき40代くらいの女性がいる。
その家政婦さんは物凄く霊感が強いようだ。周囲に寄ってきた霊体にも自然な感じで話しかけている。
ノイが戻ると畏まったように一礼するから、しっかり肉眼で見えているようだ。
彼女は家の掃除や家事全般を行い、更に老人の介護や世話をしている。かなり寡黙で表情が乏しい。1人黙々と家事や介護をこなしている。
青っぽい車には彼女が乗り、買い出しに行っているようだ。
定期的に医者を呼んで老人を診察してもらう、そんな映像が見えた。
老人はずっと目を閉じていて、脈を計測する機械が動いているから生きているようだが、それがないと呼吸しているのかも怪しい。
その老人が、ノイなのだそうだ。
「ということは、ノイは生霊ってことなの?」と聞けば、「まぁ……それに近いかな。生身に戻った所で正直指1本動かせるか分かんねぇから、定期的に戻って生存確認と状況を家政婦から聞いてる。まっ、いつ聞いても状況は変わんねぇけど」と返された。
「お前だって幽体離脱しょっちゅうするじゃん。で、他の階層に呼ばれて行ったりするだろ?あれとあんま変わらん」
要するに、植物人間状態で息はあるのだ。シルバーコードが私以外の何処かに伸びているのは知っていたが、どうやら訳ありだったらしい。
下層の中でも生身は生きているなんて存在は他にいないらしく、本人は気にしていないが周囲からはちょっとだけ異端扱いされているようだ。同じ下層でも仲の良い奴は13階のトップと9階の同期のオタクっぽい男性3人組しかしないそう。
確かに下層は頭の硬い厳格そうな霊体が多い。ソリが合わないと言われたら納得だ。
「でも私みたいに誰かしら生身に憑依してないと身体がもたないのでは?」
「……1人だけ、俺の生身にも入ってるよ」
「えっ」
「先に亡くなった俺の弟が」
お前でいう『ひな』と似たような状態だな、と鼻で笑っていた。
「俺の弟、かなり身体が弱くてほとんど病院生活で若くして亡くなったから、俺が40代くらいだったかなぁ……降霊術で霊体になった弟と接触してから『好きに生活していいぞ』って、ずっと生身を貸してるんだよ」
「それ……もしかしてノイって……幽体離脱し過ぎて生身に戻れなくなった典型的な例なのでは……?」
思ったことを率直に呟けば、「最初は普通に戻れたぞ」と言ってノイは視線を逸らした。
「……何にせよ、生身の俺はもう老い先短いから悔いは無いし」
試しにもう一度先程のビジョンを見せてもらうと、確かに生身は生きているようで、何か弱い霊体が憑依しているのは薄ら感知できた。
でもそれってつまり、本体は生きているけど中身は別人で、本物は霊体ってことだから……。
ノイの本体が生きていると知ってから一度だけ、私と『ひな』と『あさか』を連れてノイが家政婦の所に霊体で連れて行ってくれたことがある。
霊体と言えど、かなり距離が離れているため物凄く移動に時間がかかった。結論からすると戻るのに丸3日はかかり、その間私の生身は『やよい』や『れいな』に管理してもらっていた。
家政婦は私達の霊体を見て一瞬驚いた顔をして何かドイツ語で呟き、ノイが一言それに応じるとリビングに案内された。
本当に豪邸で、リビングが私の家の2DK全てがすっぽり収まるくらいの広さで、空き部屋が6個は確認できた。
1つは家政婦の部屋で、もう1つがノイの生身の寝室らしい。
家政婦は住み込みで、給料は毎月自動で固定額を引き出しているそうだ。ノイの資産も彼女が管理していて、やろうと思えば全財産持っていけるのに、あまりの物欲のなさで家賃光熱費と車に掛かる費用、その他は月に1回の給料しか引き出さないそう。
というのも彼女は家族がいないようで、天涯孤独で家もなく困っていた所をノイが住み込みの家政婦という形で雇い住まわせているのだと言う。
また、ただでさえ資産家でお金には困らない環境なのに、家政婦の彼女は副業でPCを使い投資で収入を得ているらしい。給料で自身の服や化粧品を買い、投資で得た収入で自身の貯蓄をしているそうだ。
「お前等なら喜んで資産全額引き出していきそうだよな」
「えっ、普通に引き出してもらっちゃうよね」
「当たり前に己の資産にしちゃうね」
「ノイもこっちの生身使ってるから、おめぇの資産は私等のもので良いと思う」
「最っ低過ぎるなぁ!介護してるのが○○(家政婦の名前)で本当に良かった!!!」
冗談半分本気半分……いつも私達の会話はこんな感じである。
リビングに通されてから家政婦に色々聞かれたが、ドイツ語が分からないため全てノイが通訳してくれた。
『旦那様(ノイ)がそちらで粗相をしていないか』
『旦那様は口が悪いが根は良い方だから誤解しないで欲しい』
最初こそノイの現在を心配していた家政婦だったが、そのうちぽつりぽつりと自身の話をしてくれた。
『私は幼少期から幽霊や悪魔的なものが全て肉眼で視えていて、それを不気味に思った両親に捨てられ一時期孤児院で育った』
『その孤児院は表向きは良いものの、内部での虐待が多発する場所で、酷い折檻をされて逃げ出し街を彷徨っていた時に旦那様と出会った』
『旦那様もご身内で不幸があってから独り身で、私を引き取って20年以上育ててくれた』
『私にとっては心からの恩人なので、資産に興味はない』
かれこれ数十年、正式に彼女を引き取ってから一緒に暮らしていたようだ。
「別に成人してから嫁に行っていいとは伝えてあるんだけどなぁ、頑なにアイツも独り身を貫こうとしてるんだよ。そこが唯一の心残りなんだよなぁ」
ノイは困ったようにそう呟いていた。
彼女は20歳から投資を始めていて、自身の貯蓄がもうかなりの巨額になるらしく、いつノイの生身が亡くなって独りになっても余裕で生活は困らない状況のようだ。
「俺の生身はもう老人だから、肉体に戻ったとしてお前のことをはっきり思い出せるかどうか分からんけど、いっそのこと○○は資産要らんって言うし、思い出せるなら死ぬ前にお前に財産を渡したいんだよなぁ」
そうしたらお前の生身で豪遊出来る、と呟いた。
本当にできるなら是非ともやって欲しい。
色々近況を報告した後、幾つか世間話をして最後に彼女は私に対してこう言った。
『幽体離脱はあまり長時間してはいけません。戻りたい時に戻れなくなりますから』と。
「やっぱり、ノイって幽体離脱のし過ぎで戻れなくなったんじゃ……」
ノイは遮るように「うるせぇなぁ」と呟いた。
それ以降、ノイの生い立ちに関してあまり触れないようにしているが、やはり半年に1度は必ずドイツの自宅に帰って様子を見に行っているらしい。
ちなみにひなやあさか達は、大真面目に今もノイの資産とあの豪邸を狙っている。
でも、私達にその縁があるとしたらもっと先らしい。40歳とか50歳とか、それくらい経って内容もほとんど忘れた頃に、もしかしたら自分と繋がりのあるものを見つけてドイツ旅行に行くかもしれないと、ノイは言っていた。
欲を言えば、20代のうちにその資産欲しかったよ。欲を言えば、ね。