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真剣な目に不覚にもドキッとした。
それが伝わってしまったんだろう。
北畑くんはにこっと笑って、さっきより優しい目をした。
「みどりが嫌がることはしないから、もう付き合ってって言うのもやめるよ。
でも俺は本当にみどりと付き合いたいと思ってるから、みどりがそう思ってくれるのを待つよ」
北畑くんはもう一度笑って、「また明日!」と家に帰って行ってしまった。
(な、なに……)
たまに北畑くんはドキッとするようなことを言う。
それも心臓をつかまれるようなやつを。
その場で立ち尽くしそうになった私は、はっとして急いで家に入った。
それからドアをしめ、さっきの北畑くんの言葉を整理する。
①北畑くんはこれからなるべく私に近付かない。
②私にキスもしない。
③北畑くんは私にもう「付き合って」とは言わない。
でも……私と「付き合いたい」とは思ってて……。
考えているうちに顔が熱くなってきた。
顔は熱い……けど、心のどこかは寂しいような気もする。
……なんでだろ。
私は北畑くんに構われることに悩まされていたし、やっと願いを聞いてくれたんだから、今嬉しいはずなのに。
「……そうだよ、嬉しいんだよ、やったじゃん!」
モヤモヤを吹き飛ばすように大声で言って、私は部屋に向かった。
でもやっぱりしっくりこなくて、カバンを置いて息をつく。
「……っていうか、北畑くんはなんであんなに「付き合う」にこだわるんだろ……」
そうだ、それが腑に落ちないからしっくりこないんだ。
今のままじゃだめなの?
私たちはべつに仲が悪いわけじゃない。
あれだけ笑顔なんだから、北畑くんは私との関係を楽しんでいる……ように見えるんだけどな。
でもそれは、私がだれとも付き合ったことがないからそう思うんだろうか。
私が「付き合う」がよくわからないから……?
「あー! もうわかんない、いいや」
考えてもわからないことを考えてもしかたない。
それからは一旦北畑くんのことは忘れて、翌日。
朝いつもどおりの時間に家を出た時、ちょうど北畑くんの家のドアがあいた。
ドキッとしつつそちらを見ていると、出てきたのは智香ちゃん。
智香ちゃんも私に気付き、「えっ」と驚いた顔をした後、すぐに私をにらんだ。
(うわ……気まずい)
今から学校なんだろうけど、この近くの中学の制服じゃないな。
どこだろ……。
そんなことを思いつつ、私はなるべく笑顔をつくって「おはよう」とあいさつをした。
気まずいけど、ご近所さんになったんだし、北畑くんの妹だし、あいさつくらいはしないと。
でも智香ちゃんはにこりともせず、つかつかとこちらに歩み寄ると、真正面から私をにらみつけた。
「あなた、こないだ唯くんと一緒にいた人ですよね。
ここが家だったんですか」
いかにも嫌そうな顔で言われ、好かれてないような気はしたけど、これは本格的に嫌われていると確信した。
この子はきっとお兄ちゃんが大好きなんだ。
そのお兄ちゃんが私にキスをしたのを見たら……そりゃいい気はしないよね。
返事に困っていると、智香ちゃんはさらに続ける。
「唯くんのことなんですけど。
唯くんを好きじゃないなら、構わないでください」
そんなセリフを言い捨てて、智香ちゃんはぷいっと顔を逸らし、スタスタと路地を歩いていった。
智香ちゃん背中を見れば、長い髪に朝日があたってキラキラして見える。
えっ……。
ちょっと待って、構ってるのは私じゃなくて、北畑くんのほうなんだけど!
心の中で思わず反論したけど、そんなことを駆け寄ってわざわざ言うのもためらわれる。
というか、朝の数分は貴重だ。
急がないといつもの電車に乗り遅れる……!
前に智香ちゃんがいて気まずいけど、私は無言で追い越して駅へと走った。
ホームに降りたと同時に電車が入ってきたから、本当にギリギリセーフだった。
荒い息を繰り返していると、「みどり」とどこからか声がした。
見れば北畑くんが人の間を縫ってこちらに近付いてくる。
「よかったー!
みどりがいつもこの電車だって言ってたのにこないから、焦った。
もしかして寝坊?」
無邪気な笑顔で聞く北畑くんを見て、私はちょっとイラッとした。
寝坊したんじゃなくて、遅くなったのはアナタの妹につかまっていたからなの!
そう言いかけたけど、電車のドアもあいたし、今文句を言うのはこらえた。
車内はいつも通り混んでいて、つり革につかまれないことはなかったけど、狭くて北畑くんと肩があたるのはどうしようもない。
北畑くんとの距離が近いからか、勝手に智香ちゃんとのことと、昨日のことを思い出してしまう。
北畑くんは私のことを待ってたみたいだけど、約束はしてないんだけど。
でも、家の前じゃなくて駅で待っていたってことは、昨日の話で私のことを考えてくれた……とか?
……うーん、わからない。
っていうか、北畑くんの妹、ご近所なのにあんなふうににらまれるとか嫌なんだけどな……。
はぁとため息をつくと、北畑くんに「どうしたの?」と聞かれた。
「もしかして体調悪いの?」
「え?」
「今日ちょっと遅れたし」
「あぁ……違うよ。
朝家を出たら北畑くんの妹に会って、少し話してたら遅くなったの」
ちょうどその時、学校のある駅に着き、私は電車を降りた。
北畑くんが慌てて私のとなりに並ぶ。
「えっ……みどり、智香ちゃんとなんの話をしてた?」
北畑くんは動揺しているみたいだ。
……もしかして、北畑くんは妹が自分のことを超好きだって知っているから、私になにか言ったと思ったのかな。
智香ちゃんに言われた言葉を思い出し、またため息が出る。
「妹さんに、北畑くんが好きじゃないなら、構わないでって言われたよ。
すごい兄妹愛が深いんだね。
まるで私のこと、恋敵と思っているみたいだったよ」
自分で言って、まさにぴったりだと思った。
恋敵。ライバル。そんな目で私を見ていた気がする。
北畑くんが少し黙った。
北畑くんはあの妹さんのお兄さんだから、たぶん妹さんの私への態度が思い浮かんだんだろう。
「……ごめん、嫌な気分にさせた?」
尋ねた北畑くんはかなり元気がない声だ。
智香ちゃんが私を敵視しているのは、たぶん大好きなお兄ちゃんが私にかまって、キスしているところなんて見たせい……だと思っている。
だから北畑くんのせいでもあると思ってるけど、こんなしょげた声をされると、責めるのは悪い気にもなってくる。
「いいよ、べつに大丈夫。
北畑くんも妹さんのこと「智香ちゃん」って言うし、兄妹ですごい仲良しだなとは思ったけど」
そうだ。家の前でキス事件は忘れよう。
もうそれがいいと自分の中で結論づけた時、北畑くんが「みどり」と呼んだ。
「なに?」
「ごめんね、巻き込んで」
「え?」
「智香ちゃんに悪く思われたとしたら謝る。
俺と智香ちゃん、親の再婚で兄妹になったんだ。
もともとは中学の先輩後輩なんだよ」
「え……」
「だから、本当の兄妹じゃなくて……智香ちゃんは……」
北畑くんが言いにくそうにした時、「おはよー!」とあさ美が入ってきた。