テラーノベル
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## 第28話:深淵からの呼び声
砂漠の北方に位置する岩礁地帯。切り立った岩壁が迷路のように入り組むその場所に、陸上戦艦ゼストは息を潜めるように鎮座していた。
エンジンの重低音は消え、外部の熱源探知を欺くための冷却ダクトからは微かな排気が出るのみ。艦全体を覆うカモフラージュネットが、厚い雲に覆われた夜の闇に紛れ、岩肌と同化している。ルカス軍の執拗な追跡を振り切るための、二日間の偽装潜伏。それは、全乗組員にとって針のむしろに座るような、静かな緊張の時間だった。
「……静かすぎるっていうのも、案外落ち着かねえもんだな」
ゼロ・ドラートは、第一格納庫の片隅でプロト・ウイングエックスの足首に背を預けていた。潜伏中は機体の起動はおろか、整備のための照明すら最低限に制限されている。暗がりに浮かび上がる白い装甲は、まるで深い眠りについた巨人のようだった。
ゼロの脳裏には、数日前に放ったサテライトキャノンの光景が焼き付いている。大地を消し飛ばし、敵を塵に変えたあの光。強大な力を手に入れた高揚感の裏側で、ゼストの仲間たちが自分を見る目に混じった「恐怖」の色が、トゲのように胸を刺していた。
「……ゼロ、眠れないの?」
暗闇の中から、鈴を転がすような声がした。ミラだった。彼女はいつもの白いワンピースの上に、先日ゼロが貸した毛布を羽織っている。
「ミラか。……ああ、なんか体が火照ってよ。あの光を撃ってから、ずっと変な感じなんだ」
ミラはゼロの隣に腰を下ろすと、膝を抱えて上を見上げた。空は厚い曇天に覆われ、月明かりすら届かない。
「……システムが、まだ震えている。……月からの波が、微かに残っているから……」
「システムだけじゃねえ。……俺も、お前も、あの光の一部になっちまったみたいだ」
ゼロが自嘲気味に笑う。その時、ミラの体がびくりと震えた。彼女の蒼い瞳が、何もない暗闇を見つめて固定される。
「……ミラ? どうした」
「……誰か、いる……。暗い、冷たい風が……私を、呼んでいる……」
同時刻、ゼストのブリッジ。
厚い雲の下、外部カメラが捉える映像は漆黒に近い。メインスクリーンを監視する3人のオペレーターたちの顔は、コンソールの淡い光に照らされ、緊張で強張っていた。
「……艦長、やはり気のせいではありません。外部、磁気嵐の発生していないポイントで、超短波の通信形跡があります。暗号化されていますが、ゼストの個体識別信号をピンポイントで狙っています」
通信担当のオペレーター、**リサ**が鋭く声を上げた。
「リサ、発信源の特定は?」
艦長が背後から問いかける。
「現在、レンジを絞っています……ダメです、反射が多すぎて特定できません!」
隣のレーダー担当、**アンナ**がコンソールを叩きながら報告を継ぐ。
「熱源反応、極めて微弱。……いえ、これは擬装? 何か『一点』だけ、周囲の温度と乖離している場所があります。岩礁の頂上です!」
「まさか、たった一機で我々を探し当てたというのか……?」
指揮管制担当の**エマ**が、震える指先でモニターを拡大した。
「ルカス軍の追撃隊か。……だが、潜伏からまだ一昼夜も経っていない。この岩礁地帯で我々を見つけ出すのは至難のはずだが……」
艦長が苦渋に満ちた表情で呟く。
「……あるいは、機械的な探知ではないのかもしれません」
傍らで控えていたカイルが眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
「ニュータイプ同士の感応。……ミラという『鍵』が光を放ったことで、彼女の存在そのものが砂漠の灯台になってしまった。同じ資質を持つ者がいれば、潜伏など無意味です」
潜伏二日目の深夜。
岩礁地帯の最高峰、ゼストを眼下に見下ろす絶壁の上に、一機のモビルスーツが音もなく降り立っていた。
ルカス軍の最新鋭機であり、ウイングエックスの「影」として調整された漆黒のガンダム。そのコクピットの中で、少女――ノアは、深紅の瞳を静かに開いた。
「……見つけた……ミラ……」
ノアの頭部には、ミラのそれよりも遥かに肥大化したサイコ・インターフェースが装着されている。彼女の意識は、岩肌に擬装されたゼストの隔壁を透過し、その中にいるミラの震えを、手に取るように感じていた。
「……温かい、場所にいるのね。……ずるい。……私は、ずっと、暗い箱の中にいたのに……」
ノアの指先が、漆黒の機体の操縦桿を愛おしそうになぞる。
彼女にとって、ミラは憎むべき対象であり、同時に自分を完成させるための最後のピースだった。
ゼストの格納庫。ミラは突如、自分の胸を掻きむしるような衝動に駆られ、叫び声を上げた。
「――っ! 来る……! すぐそこに、私がいる……!」
「ミラ!? しっかりしろ!」
ゼロが彼女の肩を掴む。ミラの意識は、もはや現実の格納庫にはなかった。彼女の視界には、絶壁の上から自分を見下ろす、もう一人の自分の姿――漆黒の髪をなびかせ、赤い瞳で冷たく微笑むノアの姿が映っていた。
絶壁の上で、ノアは通信機を介さず、ただ自身の感応波を叫びとして放った。
『――出ておいで、ミラ。あなたの「光」の正体を、私が教えてあげる』
その声はミラだけに届き、彼女の精神を激しく揺さぶる。
ゼロにはその声は届かない。しかし、ミラのただならぬ様子と、ブリッジから全館に鳴り響いた緊急警報が、最悪の事態を彼に伝えていた。
「……ミラ、ここで待ってろ。何が来てるか知らねえが、てめぇには指一本触れさせねえ!」
ゼロは翻り、まだ熱の冷めないウイングエックスのコクピットへと駆け出した。
厚い雲に覆われた闇の中、岩礁の頂上に立つ漆黒の影が、一筋の赤い光を放ちながらゆっくりと浮上を開始した。
**次回予告**
静寂を破る漆黒の閃光。
ノアの駆る『ガンダム・ノワールレイス』が、偽装網を切り裂きゼストへと肉薄する。
同じ顔、同じ能力、しかし決定的に違う「殺意」。
混濁するミラの意識と、暴走を始めるゼロ・システム。
かつてない共鳴(レゾナンス)が、岩礁地帯を光の檻へと変えていく!
次回、『双子の残響』
「お前は……誰だ? ミラと同じ顔をして、そんな汚い声で笑うな!!」