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「課長! 課長の恋人ですか?!」
「めっちゃ爽やかイケメンじゃないですか! 羨ましい!!」
「うちの社長とも親しそうでしたけど、どっかの御曹司とか?」
女性社員の黄色い声がフロア中に飛び交う。
陰口を言われることには慣れているけれど、面と向かって質問攻めされることに慣れていない私は、戸惑った。
それでなくても、突然の再会の後で打ち合わせなんて展開に汗をかいたばかり。
ついでに言うと、打ち合わせの後に社長に呼ばれた部長とすれ違い、親の仇でも見るような形相で睨まれ、疲れ果てていた。
「今は業務時間だから――」
「――じゃあ! 女子会でもしながら詳しく――」
それは勘弁してほしい! と心の中で叫んだ時、私を囲む女性たちの視線が私の頭の上に向いた。
「――申し訳ないんだけど、今日の夜は俺に譲ってくれないかな」
いつの間に現れたのか、私の背後に太陽が立っていた。両手を私の肩に乗せ、自分の胸に引き寄せる。
「俺はみ――松林課長の恋人で、御曹司ではないけれど、御社の社長とは親しくさせてもらってます。爽やかイケメンなんて言ってもらえて、すごく光栄です。ありがとう。今後、勤怠システムと経費精算システムの開発で御社には度々お邪魔しますので、よろしくお願いします」
彼女たちの質問に一気に答え、太陽はにっこり笑った。
「それから、松林課長にはようやく俺の気持ちを受け入れてもらえたところなんだ。だから、今夜の彼女の時間は、俺に譲って欲しい」
『満夜』の彼しか知らない私でも不自然だとわかるまがい物の笑顔なのに、女性社員は恥ずかしそうに顔を赤らめている。
いたたまれない……。
私は女性たちに業務に戻るように言い、太陽をエントランスまで見送った。
他の人も乗り合わせているエレベーターの中でも手を握ったり腰を抱いたりするもんだから、バレないかと冷や汗をかいた。
「俺、今日は直帰なんだ。近所で適当に時間を潰してるから、終わったら名刺の番号に連絡して」
見ているこっちが恥ずかしくなるような、嬉しそうな表情を見せられ、顔が火照る。
まさか、こんなことになるなんて。
腕時計を見ると、時刻は十六時五十分。あと一時間十分で退勤時刻だ。
私は深呼吸すると、背筋を伸ばし、自分のデスクへと踵を返した。
いつも最後まで残っている私が、早々に退社したら何を言われるか……。
けど、みんなの前で今夜会うって言ったんだから、残業してる方がおかしいような……。
そんなことを考えながら、さっきの打ち合わせ内容をまとめていると、あっと言う間に終業時刻を告げるチャイムが鳴った。
「課長! 今日は残業しちゃダメですよ!」
「そうです! 宇野社長をお待たせしちゃダメです!」
さっき、太陽の笑顔に目を輝かせていた数人の女性社員が私のデスクの前にきて言った。
一部の男性社員は面白くなさそうだが、そもそもあまり残業のない総務部だ。みんながチャイムと同時に帰り支度を始めている。
「はい! お疲れさまでした! 行ってらっしゃい!!」
追い出されるように、私はエレベーターに乗せられた。
恥ずかしいやら、何やら。
けど、退勤時刻早々に連絡するのって、すごい浮かれてる感じしない!?
この期に及んでそんなことを考えてしまう自分が悲しい。
どうしたものかと思いながらビルを出ると、プーッとクラクションが鳴って通りを見た。すぐ目の前に赤い軽自動車が停まっている。運転席から身を乗り出して窓越しに私を見ていたのは、太陽だった。
駆け寄ると、窓が下がる。
「ちょうど良かった。乗って!」
いつまでも停車していられるような場所ではない。
私は急いで助手席に乗り込んだ。
「お疲れ」
「お疲れ様」
私がシートベルトをしたのを確認すると、太陽は車を発進させた。
車内には、会話の邪魔胃にならない音量で、軽快な音楽が流れている。
「いつから待ってたの?」
「たった今。この辺、何周したら出てくるかなーと思って走り出したとこだった。あ、足元狭いだろ。シート下げていいから」
「うん」
お言葉に甘えて、私は少しだけシートを下げた。
「幻滅した?」
「え?」
「代表取締役とか名乗ってるくせに、車は軽とか」
「どうして? 会社立ち上げて一年足らずでしょう? いきなり黒塗りの外車なんか乗ってたら、まともな商売なのか心配になるわよ」
「ははっ! 良かった」
恐らく新車で購入したのだろう。それらしい匂いがする。軽自動車とはいえ、最近ではそこそこの金額だと聞くし、車内も十分広い。
頑張っているのだろう、と思った。
車は街中を抜けていく。
「どこに行くの?」
「俺ん家」
「え?」