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「最近、ようやく落ち着いたんだ。満月と最後に会った時はウィークリーマンションにいるって言ったろ? あの後、事務所を借りたんだけど、しばらくはその事務所で生活してたんだ。けど、仕事も順調だし、軽だけど社用車も持てたし? 俺も落ち着こうと思ってマンションを買ったんだ」
「へぇ。すごいのね」
「ま、慰謝料を頭金にしたから、あんまり自慢は出来ないけど。あ、みつ――じゃない、ひなたが置いてった二百万は手ぇ付けてないから」
「ああ。いいのに」
最後に会った時、太陽に返された五百万のうち、俊哉からの三百万を抜いて、残りは置いてきた。あの二百万は、そもそもは太陽のお金だから。
「あ!」と言って、太陽が車を脇に停車させた。
「俺ん家に行く前に、荷物取りにひなたん家寄った方がいいよな」
「え?」
「明日、明後日は休みだろ? 着替えとか必要じゃね?」
「……」
泊まる前提で話が進められ、返事に困る。
「今日は……食事だけにしない?」
「は?」
「ほら! なんていうか、順序? 恋人らしく――」
「――却下! 住所は?」
ですよね、と心で呟く。
「あ、ひなたん家に泊まりでもいいけど? 俺なら、シャツとパンツだけコンビニで買えばいいし」
「却下!」
被せ気味に言うと、太陽がシートベルトを引っ張って伸ばし、私に身体を、顔を寄せた。
「入れてくんないんだ? ムキになるって、なんか怪しいよな」
「なにも怪しくなんて――」
「――実は他に男がいるとか」
「あるわけないじゃない!」
「どうだか? 俺はずーっと満月が忘れられなくて、早く会いに行きたくて仕事しまくって、必死で満月んとこの社長とパイプ作ってたけど、満月もそうだとは限らないよな」
迫る太陽の視線から逃れようと顔を背けるが、伸びてきた彼の手が後頭部に添えられ、引き寄せられた。
日が暮れ始めているとはいえ、こうして停車した車の中なんて、通行人から丸見えだ。
私は首に力を入れて距離を取ろうとするが、無駄な抵抗だった。
あっけなく、唇と唇が重なる。
外から見られているかもしれないと思うと、目も閉じられない。
私は両手で彼の胸を叩いた。
「なに」
うっかりすると唇が触れる程度だけ離れて、太陽が不機嫌そうに言った。
「見られるでしょ!」
「見られたくない奴でもいんの?」
「そうじゃなくて――」
「――じゃあいいじゃん」
「良くない!」
「じゃあ、ひなたん家入れて」
なにが、『じゃあ』なのか。
ひと回り年が違うと、こんなに会話が食い違う物なの!?
今までも、強引なところはあった。
けれど、拍車がかかっている。
「今のキスで火ぃついちゃったから、早く決めなきゃもっとすごいのするよ」
「なに言っ――!」
太陽が私の手を握り、自分の足に触れさせた。正確には、足の間。
不自然にスーツを押し上げる硬いモノに触れ、言葉が出ない。
「会社でひなたを見てから、ずっと我慢しててマジでツラいんだけど」
部長に怒鳴られてる私を見て興奮するって、どういう原理なのか。
「ひなたに会えるからって新調したスーツを汚したくないから、早く決めて」
だから、意味がわからない!
ふっと視界が暗くなり、通行人の影だとわかる。はっとして、太陽から身体を離した。
「荷物を取りに行くから」
「入れてはくんないんだ?」
「嫌なのよ。別れた旦那と暮らした部屋にあなたを入れるの」
「……はっ!?」
「だから――」
「――いや! 前の旦那と暮らした部屋に今も住んでるのか? 有り得ないだろ」
声色が変わり、ギョッとする。
「え、だって、そんな簡単に引っ越せないわよ。ローンも残ってるし」
結婚した時、私は既に今のマンションを購入して五年が過ぎていた。俊哉のマンションは賃貸だったから、彼が私のマンションに引っ越してきたのだ。名義変更なんかは面倒だからと、しなかった。だから、彼が出て行っても、私はそのまま住み続けている。
太陽は何か言いたげだったが、言わなかった。
ふいっと顔を正面に向けると、姿勢を正してハンドルを握る。
「家、どこ?」
有無を言わさない短い言葉に一抹の不安を覚えつつ、私は住所を告げた。
それから、家に着くまで、太陽は道を聞くほかは話さなかった。
私が俊哉と暮らした部屋に住み続けていることが、そんなに気に入らないのだろうか。
言い訳するのも違う気がして、私も何も話さなかった。
二十分ほどでマンションの駐車場に停車した。
「車に積めるだけ積んでくから」
シートベルトを外しながら、太陽が言った。
「貴重品と着替えと化粧品なんかをまとめて。家具家電をどうするかは、後で考えよう」
私の返事を待たずに、太陽が車を降りる。助手席側に回って来て、ドアを開けた。
「言いたいことは後で聞くから、今は言う通りにして」
そう言うと、身体を屈めて手を伸ばし、私のシートベルトを外した。膝の上に置いていたバッグを持って、マンションへと向かう。
私は慌てて後を追った。
「ねぇ! どうするつもり?」
大股で歩かれると、小走りでついて行くのが精いっぱい。
「ねぇ、太陽!」
「部屋、何階?」