テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
あの日、滉斗が泥だらけになって救い出した猫たちは、恩義を忘れるほど薄情ではなかったらしい。
数日後から、元貴が公務を行う執務室には、一匹、また一匹と、見慣れぬ「来客」が増え始めていた。
「……ひろぱ、また増えてるよ」
元貴が苦笑しながら視線を向けると、そこには驚くべき光景があった。
執務机の端には、あの日池から救われた白猫が香箱座りをし、元貴の背後の棚には、泥濘から引き上げられた茶トラが、まるで彫像のように静止して扉の方を凝視している。
「……何をしに来ているのかは知らん。追い出そうとしても、すぐに戻ってくるんだ」
壁際に控える滉斗は、腕組みをしながら憮然とした表情で答えた。
かつては一国の精鋭騎士たちを震え上がらせた彼の威圧感も、この自由奔放な小動物たちには全く通用しないらしい。それどころか、猫たちは滉斗が少しでも元貴に近づこうとしたり、鋭い目つきで書類を検分したりすると、一斉に「にゃあ」と鋭く鳴き声を上げるのだった。
「これじゃあ、まるで君が僕に悪さをしないか見張ってるみたいだね」
「……俺が、お前に何をするというんだ」
滉斗が溜息をつき、元貴の肩についた糸屑を取ろうと手を伸ばした、その時だった。
「シャーッ!」
棚の上の茶トラが、見たこともないような素早い動きで滉斗の手元を牽制した。まるで「王(元貴)に気安く触れるな」と言わんばかりの剣幕である。
「……おい。俺はこいつの夫だぞ。それに、お前を助けたのは俺だろうが」
最強の剣士が猫を相手に本気で言い合っている姿に、元貴はついに耐えきれず、声を上げて笑い出した。
「あはは! ひろぱ、負けてるよ。あの日、術を使わずに優しく助けちゃったから、彼らの中で君は『ちょっと怖そうだけど、実は何でも言うことを聞いてくれる下僕』だと思われちゃったのかもね」
「……心外だ」
滉斗は不貞腐れたように顔を背けたが、足元では別の黒猫が、彼の軍靴を爪研ぎ代わりに使い始めていた。普通なら激昂してもおかしくない状況だが、滉斗は「……やめろ、傷がつく」と低く注意するだけで、決して猫を蹴散らそうとはしない。
「でも、いいじゃない。僕に隠れて無理をしがちな君を、僕の代わりに彼らが見張ってくれるなら、これほど心強い護衛はいないよ」
元貴が優しく微笑み、足元の黒猫を抱き上げると、猫は満足げに元貴の喉元に顔を寄せた。
それを見た滉斗は、少しだけ嫉妬深そうに目を細め、やがて諦めたように腰の剣を解いて椅子に置いた。
「……分かった。降参だ。せいぜい、その『毛むくじゃらの監視役』たちと仲良くやってくれ」
そう言いながらも、滉斗の大きな手は、机の上の白猫の頭を無意識に、そしてこの上なく丁寧に撫でていた。
氷のように冷たかった男の周りには、今や愛する王と、それを取り巻く小さく温かな命たちが溢れている。
和と唐の文化が溶け合うこの静かな部屋で、かつて「最強の死神」と呼ばれた男は、今日も猫たちの厳しい監視の目をかいくぐりながら、最愛の妻のために茶を淹れる準備を始めるのだった。
リクエストにはなかったけど、続き作ってみた
コメント
1件