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王都の再建が進み、街に活気が戻り始めた頃。
表向きには「慈愛の王」として微笑みを絶やさない元貴だったが、その心には、かつて国民に否定され、愛する滉斗と刃を交えた夜の傷跡が、深い澱のように沈んでいた。
ある新月の夜。
復興の激務を終えた元貴は、自室の片隅で膝を抱え、音もなく震えていた。
「……元貴? まだ起きていたのか」
扉を開けて入ってきた滉斗は、灯りもつけずに暗闇に蹲る背中を見て、息を呑んだ。かつて戦場で見せた鋭い威圧感は微塵もなく、今の彼にあるのは、壊れものを扱うような静かな慈しみだけだった。
「ひろぱ……。ごめん、また、動けなくなっちゃった」
元貴の声は、枯れ葉が擦れ合うように細い。
術式で花を咲かせ、人々の傷を癒やす日々。しかし、ふとした瞬間に「自分は本当に王に相応しいのか」「また誰かを失望させるのではないか」という予後不安が、冷たい泥のように彼を飲み込んでしまうのだ。
滉斗は何も言わず、元貴の隣に腰を下ろした。
軍服を脱ぎ捨てた彼の体温は、かつての氷のような冷徹さを忘れさせるほどに温かい。
「謝るな。お前は十分にやった。……少し、こっちへ来い」
滉斗が腕を広げると、元貴は吸い寄せられるようにその胸に顔を埋めた。
かつては「王を守る盾」であろうとした滉斗の腕は、今ではただ一人の男として、元貴の孤独を堰き止める堤防となっていた。
「……怖いんだ。いつかまた、みんなが僕を嫌いになって、君が僕を殺さなきゃいけなくなる日が来るんじゃないかって」
「そんな日は二度と来ない。もし世界中がお前を敵に回しても、俺がお前を連れて逃げる。あの雪の夜に誓っただろう」
滉斗は、震える元貴の背中を、大きな掌でゆっくりとなだめるように撫でた。
その手つきは、かつて十歳の頃、術式を見せてくれた元貴の頭を撫でた時と同じ、不器用で真っ直ぐな愛に満ちている。
「元貴。お前が花を咲かせられなくなっても、民を導けなくなっても、俺にとってはただの『元貴』だ。それ以上に価値のあるものなんて、この世にはない」
元貴の目から、堪えていた涙が溢れ出し、滉斗のシャツを濡らした。
強くいなければならない。完璧な王でなければならない。その呪縛から、滉斗の言葉だけが彼を解き放ってくれる。
「……ひろぱの心臓の音、あったかいね」
「ああ。お前が生きているから、俺の鼓動も止まらずに済んでいる」
どれほどの時間が過ぎただろうか。
月のない暗闇の中で、二人はただ重なり合い、互いの存在を確かめ合っていた。元貴の呼吸が次第に整い、絶望の淵から少しずつ、確かな体温の世界へと引き上げられていく。
やがて元貴は、涙に濡れた顔を上げて、小さく微笑んだ。
「……明日も、隣にいてくれる?」
「当たり前だ。お前が飽きるまで、一生な」
滉斗は元貴の額に、誓いのような口づけを落とした。
夜明けはまだ遠いけれど、二人の間には、どんな嵐にも消えない小さな灯火が、静かに灯り続けていた。