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屈託ない笑みを浮かべたアジェーリアは、堪えきれないといった感じで豪快に吹き出し、お腹を抱えて笑いだす。
空に響く笑い声は絶え間なく、ティアの顔が引きつりかけてしまう。
それから、どれくらい時間が経っただろうか。アジェーリアは目元に溜まった涙を拭いながら、ようやっと口を開いた。
「……はっ、ははっ、ワガママを?そちにか?」
「はい。私は実は、娼館育ち故、そこそこのワガママは聞き入れることができます」
なんだか小馬鹿にされたような気がして、ティアは言わなくて良いことまでうっかり口にしてしまった。
「……しょうかん、じゃと?」
「はい、娼館です」
この時点でティアは、牢屋に放り込まれても仕方がないことを口にした。
騎士達は、ぎょっとした表情を浮かべ、グレンシスに至っては、余計なことを言うなと言いたげに青筋まで浮かんでいた。
けれど、ティアは見ないふりをした。恐ろしくて目を合わすことができなかったのもある。
あと、少しだけ……本当に少しだけだが、出立してから一度も言葉を交わすことも、目を合わせようとすらしてくれなかったグレンシスに対して苛ついていたのもある。
後半の理由は、なぜだかよくわからない。わからないけれど、実のところ割合的には後者の方が強かった。
それに、どうせ取り返しのつかないことを言ってしまったのだからという開き直りもあった。
そんな気配だけがざわめく中、アジェーリアはティアを咎めることはしなかった。
ティアが菓子の名を紡ぐようにさらりと口にしたことに驚きはしたものの、藍色の瞳に侮蔑の色を浮かべず、ただ、ふっと肩の力を抜いて目を細めた。
「……それは、とても頼もしいな」
「はい。お任せ下さい」
ティアが大きく頷けば、アジェーリアはニヤリと口の端を持ち上げて笑う。
正直なところ、こうなるとは思わなかった。流れ的に『気持ちだけもらっておく』という尊大なお言葉を貰って終わりになるという根拠のない自信があった。
この先、ロイヤル級のワガママを受ける未来に繋がっているかもしれない。
そんな不安がティアの心によぎった瞬間、アジェーリアがコホンと小さく咳ばらいをして口を開いた。
人を困らす天賦の才をもったアジェーリアが、ティアのその表情を見逃すはずはなかった。
「なら、ティアさっそくじゃが」
「……は、はい!」
覚悟を決めたティアが背筋を伸ばせば、アジェーリアはとある場所を指さした。
「これを全部、食せ」
「……は?へ?」
アジェーリアが指さしたのは、木の皿に盛られた菓子とサンドウィッチ。
ほとんど手付かずで残っており、少なく見積もっても騎士達の軽食にもならにない量で、ティアの2食分の量である。
「……これを、ですか?完食……しろと?」
いくらなんでも、それはちょっと無理だ。どう頑張っても完食できない。無茶ぶりにもほどがある。
ティアはまだ一口も口に入れていないのに、すでに胸焼けがして、胃のあたりをそっと撫でた。
「ぬしは、余りにも細い。わらわより細いなど失礼千万じゃ。良いか?オルドレイ国に到着するまでに、わらわより太いウエストになってみせよ。これは命令じゃ」
見当違いなところで憤慨するアジェーリアに、ティアは思わず不満の声を上げてしまいそうになるけれど───
「えー……んぐぅ」
アジェーリアは問答無用と言わんばかりに、ティアの口に焼き菓子の一つをねじ込んだ。
そうされたティアは吐き出すような不作法はできず、両手を口元に当てながら、嫌々ながらも飲み込んだ。
「ほれ、もっと食べろ。次はどれが良いか?わらわが自ら運んでやろう」
何かのスイッチが入ってしまったアジェーリアは、とうとう皿ごと持ちあげてしまった。
もう逃げられないことを、ティアは本能で悟る。
「ひぇぇっ」
悲鳴というには、あまりに情けない声を上げたティアだけれど、騎士たちは全員、深くうなずくだけで、ティアの味方をしてくれるものはいなかった。
そんな中──グレンシスだけは、眉間に皺を寄せながらそっと視線を逸らした。
これ以上、ティアを視界に入れては何か過ちを犯してしまうかもしれないという恐れを抱くかのように。
あるいは、まるで何か見えないものと闘っているかのように。