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読了しました……第46話、すごくいい話でした。 職員が懐かしさで狼の恥ずかしい過去を話しちゃうシーン、あるあるだけど本人にとってはたまったもんじゃないですよね。でも澄明の指導がめちゃくちゃ丁寧で、「懐かしさは第三者へ共有する必要性にはならない」って言葉、刺さりました。職員の気持ちもわかるし、でも狼の気持ちもわかる。その両方をちゃんと拾ってるのが、この話の好きなところです。 最後の研修資料が増えてるところも含めて、温かくて、でもちゃんと線引きがあって。Hp2さんの作品の「優しさの質」、すごく好きです。
第4話 卒業後も、言うな
ひとしきり思い出を語ったあと、職員は改めて狼を見上げた。
「……でも、本当によくやってるな」
今度の声に、浮ついた調子はなかった。
「人界で任務を任されてるんだろ。誰かを守って、ちゃんと帰ってきてる。お前がここまでやれてるなら、安心したよ」
狼は少し黙った。
それから、先ほどまでより深く頭を下げる。
「あなたたちのおかげです。ここで教えてもらわなければ、今の俺はいません」
「俺たちは手伝っただけだ。覚えて、選んで、ここを出ていったのはお前だよ」
職員は照れたように鼻の下を擦った。
いい場面だった。
本当に、いい場面だった。
「また顔を見せろ。今度は昔の記録も全部出して――」
「出さなくていいです」
狼は間髪入れずに止めた。
*
天灯院の門を出てから、二人はしばらく無言で歩いた。
「なあ」
「言うな」
「まだ何も言ってない」
「分かる」
「……厠」
「忘れろ」
「衣」
「それも忘れろ」
「三時間」
「忘れろと言っている」
「耳」
狼が足を止めた。
先ほど暴走霊へ向けたものより据わった目で振り返る。同行者はとうとう腹を抱えて笑った。
「悪い悪い。だが、いい場所だったんだな」
狼は眉間に皺を寄せたまま、背後の建物を一度だけ振り返る。
「……ああ」
その返事だけは、少し柔らかかった。
*
例の職員は、機嫌よく人型化準備区域へ戻ろうとしていた。
「いやあ、本当に嬉しいもんだな」
入口の認証へ手を伸ばしたところで、背後から静かな声がした。
「先ほどの方は、人型化準備区域の卒業生ですね」
振り返ると、澄明が立っていた。
「ああ。昔、俺がよく見てたんです。最初は厠も衣も大変で――」
「同行者の前で、本人の排泄や衣に関する過去を話していましたね」
職員の口が閉じた。
「……聞いていたんですか」
「本人が止めていましたね」
「…………はい」
「なぜ続けたのですか」
「懐かしくて……」
澄明は声を荒げなかった。ただ、職員が自分で答えへ辿り着くのを待つように、静かに見ている。
「懐かしさは、第三者へ共有する必要性にはなりません」
「……はい」
「卒業によって、本人の羞恥や医療福祉上のプライバシーが消えるわけではありません。むしろ人型社会での生活を身につけたからこそ、当時より強く羞恥を感じることもあります」
職員は完全に俯いた。
「本人が話していない過去を、同行者へ伝える必要はありましたか」
「ありませんでした」
「では、次からはそのようにしてください」
「……はい」
職員は深く項垂れた。
「ただ」
澄明の声が、わずかに和らいだ。
「彼がここまで成長したことを、あなたが心から喜んでいたのは伝わりました。その気持ちは、おそらく本人にも伝わっています」
職員が、そっと顔を上げた。
「……はい」
「それと、同行者の前で厠の話をしてよいかどうかは別です」
「……はい」
静かな指導は、それで終わった。
*
数日後。
人型化準備区域の職員用掲示板に、新しい研修資料が増えていた。
《人型化準備区域卒業者に関する羞恥情報の取扱いについて》
例の職員は、その紙の前に立っていた。
隣には澄明がいる。
「読みましたか」
「……読みました」
「理解しましたか」
「はい」
「では、次に卒業生が訪れた場合は?」
職員は真面目な顔で答えた。
「厠の失敗談は話しません」
一拍置いて、澄明が言った。
「厠に限定しないでください」
「……はい」
「衣も、下衣も、人型維持の記録も含みます」
「……はい」
こうして人型化準備区域には、また一つ、卒業生から教わった研修項目が増えた。
――了。