榊原が鈴子のアシスタントで順調に働き出して半年後、仕事熱心だった彼が突然何度か遅刻するようになった
「遅れてすみません・・・」
青白い顔で榊原が息を荒げて鈴子のオフィスに入って来た
「会議が九時に始まるのは知っているでしょ、榊原君、もう九時十五分ですよ」
「すみません・・・高村主任・・・寝過ごしてしまって・・・」
「言い訳は後にして、会議に行って下さい」
榊原は慌てて鈴子のオフィスから飛び出して行った、午後になって鈴子は榊原をオフィスに呼び出した
「座りなさい」
榊原はもじもじと鈴子の前の椅子に言われた通り座った
「あなた、今月に入って遅刻は三度目ですよ、私は時間にルーズな人間には我慢ならないの、このまま遅刻が増えたらあなたには元の現場に戻ってもらいます、それかやはり女の私の下では働けないの?」
「いいえ!とんでもありません!主任」
「では、遅刻する理由は?」
「それが・・・最近体の調子が悪くて・・・本当にすいません」
「どこが悪いの?」
「大したことじゃないんです・・・」
「でも今まで熱心だったあなたが遅刻するんだから、それなりに悪いんでしょ? どこが悪いのか教えてちょうだい」
「俺・・・怖くて・・・正直いいますと・・・よく眠れないんです・・・」
「怖いって、何が?」
鈴子はイライラして言った
「その・・・喉にしこりがあるんです」
「しこり?」
そう言ったきり榊原は黙ってしまった
「病院で検査は?」
榊原はゴクリと唾を飲み込んだ
「ハイ・・・多分・・・腫瘍だと・・・もっと詳しく検査しないとわからないけど・・・手術しないといけないって・・・手術しても治療を続けなくちゃいけないし・・・うちは母子家庭で・・・高額医療制度を使っても・・・その後も高い薬を飲まないといけないし・・・俺には大学の奨学金も残ってるんです、今の俺には病気の治療する金の余裕がありません・・・」
榊原はグスグス泣き出した
「俺の父も・・・おじぃちゃんも・・・ガンで亡くなったんです・・・治療しても無駄なんです・・・」
鈴子は榊原が最後まで話し終わるまでに、すぐさまインターフォンを押して受付嬢に言った
「阪神医科大学の園崎教授につないでちょうだい」
『10分後に折り返しお電話するとのことです』
榊原が鈴子を見て目をパチパチした、電話が鳴り、鈴子は受話器を取った
「こんにちは教授、先日のゴルフではもう一歩の所で私の負けでしたね、またお手相わせお願いしますね、いえ・・・お陰様で私は元気です・・・私じゃないのですが、診て頂きたい人がいるんです、ええ・・・私の大切な部下なんですけど・・・ 喉に腫瘍があると言われたそうです、詳しい検査はこれからだそうで・・・ハイ、今からそちらに伺わせてもよろしいですか?午前中に?今からですと30分ほどでそちらにつきます・・・ハイ・・ハイ・・・ありがとうございます・・・それじゃぁよろしくお願いします」
受話器を置きながら鈴子が榊原へ言う
「阪神大学病院は知ってるでしょ?あの高速から見える大きな総合病院」
榊原が唖然として言う
「知ってるも何も・・・市で一番大きな病院です」
「そこに私のゴルフ仲間の園田教授がいます、今から来るようにおっしゃっているので行って隅々まで検査を受けて来なさい、そして詳しく報告してね、最近のガン治療はとても進歩しています、これから手術を受けて必ず良くなりますよ」
榊原が混乱して言う
「で・・・でも・・・主任・・・お言葉ですが・・・さっきも言いました様に、俺には治療費を払う金が・・・」
「 お金の心配はご無用、私に任せておきなさい、そう教授にも申し出ておきます、あなたの治療費はすべて私に回してもらう様にね」
榊原はハラハラ涙を流した
「お・・・俺・・・なんてお礼を言っていいのか・・・」
「あなたにいなくなられたら、また一から面接をしないとダメなのよ?ゾッとするわ、毎日込んでるスーパーのレジみたいに、ここのオフィスに並ばれるんですもの」
グス・・・「主任・・・」
「早く治して仕事に復帰してくださいね、さぁ、もう行って下さい」
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