「――うめぇっ!」
ガリガリボリボリの咀嚼音。
余程旨いのか、ジュウベエは歓喜の雄叫びを上げている。
よくもまあ毎日毎日、金のスプーンばかり飽きが来ないものだ。
「これぞ神の黄金比率!」
猫の嗜好と味覚は人間には理解出来ないが、それは御互い様だろう。
「ラララ入るよ入るよ何処までもぉ~」
訳の分からない鼻唄混じりにご機嫌のジュウベエは、人間に直せば相当な老猫ではあるが、その旺盛な食欲は止まる事を知らない。
“もうすっかり何時も通りか”
これは何時までも引き摺らない、ジュウベエの良い処なのだろう。見習うべきである。
――夕食時。何時も通りの風景。
何度目かのおかわりで無我夢中なジュウベエをよそに、幸人は新聞に目を通し、世間状況を把握中だ。
相変わらず明るい二ュースは少ない。
汚職だの殺人等、目を覆いたくなる出来事が、世界中で蔓延している。
それらは日々、減少処か増加の一方を辿っていた。
時々、狂座の存在意義が分からなくなってくる。
「はぁ……」
新聞記事の片隅の面には、『不審死相次ぐ。突然の窒息死』とあるが、思考中の幸人の目には止まらなかったようだ。
「ふぅ……満腹満腹」
すっかり平らげてご満悦のジュウベエは、幸人の下へとすり寄って来る。
腹八分処か、腹十ニ分にならないと気が済まないジュウベエを横目に、幸人は飼い主として不安になってきた。
“いずれ俊敏さの欠片も無い肥満猫に”
それは不味い。左肩が凝ってしまう事は明白。
「オレは簡単にゃ太りゃしねぇよ」
「……はい?」
心を読まれたのか、幸人が不意を突かれた様に固まる。
そしてジュウベエは、そのまま固まった主人の膝元へ飛び乗った。
「うっ!?」
ズシンとのし掛かる重みは、明らかに重くなっていく予感を実感する。
「それにきつくなるのは、オレじゃなくお前だし」
「こっ……こいつ」
間違ってはいないが、“その時はヨロシク”態度に、呆れてものが言えなかった。
それでも穏やかな一時だった。
「ああそうそう、依頼が来てたぜ」
しかしあっさりと破られる。ジュウベエの一言によって。
「……それを早く言えよ! 乗っかかる前に」
「黙らっしゃい! オレの食中食後の一時は、絶対不可侵のエタニティタイムなんだよ。神だろうが何だろうが邪魔はさせねぇ」
また何処ぞのアニメか何かで、影響を受けて来たのだろう。
多分“エタニティタイム”を『絶対時間』にかけているのだろうが、微妙に意味が違う語呂合わせ。
ジュウベエはアニメ鑑賞が趣味という奇特な猫だ。ある意味、人間よりも人間臭い。
「全く……」
幸人は呆れながら、重みのあるジュウベエを横に退かし、簡易机に向かいパソコンの主電源を入れた。
椅子に座り依頼ランクを確認しようとするが、どうも最近、気が乗らない。
「おおっ!!」
左肩に飛び乗って来たジュウベエが、目を丸くさせて声を上げた。やはり重くなっている気がしたが、そこは敢えて黙認が正しい。
液晶画面に表示されている依頼ランク。
「ランクS……こりゃあ大物取りだぜ!」
心なしか、ジュウベエの声が生き生きとしてきた。
“ランクS”
狂座の依頼ランクに於いて、ランクS以上はこれまでとは全く異なる意味合いを持つ。
ランクAまでは差はあれど、個人企業レベルの私怨依頼。
ランクSからは国家レベル。もはや個人でどうこうなる次元の問題では無い。
国家滅亡の危機的状況から、国家反逆の危険分子の消去掃討まで、ランクS依頼は様々な分野に渡る。
だが共通しているのは――
“桁外れの危険度と破格の報酬”
何故ならランクS以上の依頼金は――
国が支払うからだ。
************
現代社会を裏で牛耳っているのが、この都市伝説とされる狂座という組織だ。
その影響力は日本のみならず世界各国、地球全域にまで及ぶ。
だがその存在が公に出る事は無い(都市伝説として知れ渡ってはいても。あくまで象の無い、噂が生んだ産物として)
狂座という名は、各国に於ける最重要機密。極秘事項の一つだからだ。
“政府が公認している?”
もしくは――
“黙認している”
それは正しいとも云えるし、どちらも意味合いが少々違う。
国は決して狂座を公認している訳でも、黙認している訳でも無い。
“知らないだけ”だ。
仮に政府がこれらを公に認めてしまったら、世界情勢、その在り方を根底から覆してしまう事になるからだ。
ゆえに表と裏。それらは完全に拮抗が保たれている。
“合わせ鏡の如く、世界は二つに別れている”
裏は決して表に出てはならないし、表は決して裏に介入してはならない。
これは絶対不可侵の不文律。お互いに暗黙の密約。
ちなみに裏事情の極秘事項を知るのは、一国の首相クラスの権力を持つ者のみ。
************
「で、どうする? 競争率高いから急がねぇと」
ランクS依頼は危険度とは裏腹に、請けたがるエリミネーターが多いのも事実。
A級ならS級昇格の大チャンスであり、何より軽く二桁の億が動く。
「気が乗らないな……」
だが幸人は興味津々のジュウベエとは裏腹に、あまり今回の依頼に対して乗り気では無い。
「まあ国からの依頼に興味が無いっつうのも、お前らしいんだけどよ……」
金額や難易度の問題では無いのだ。
幸人にとって依頼とは、個人の念の深さが重要。国からの依頼はあやふや過ぎて、判断が難しいのだ。
これが“本当の恨み”なのかを。
「だがよ、個別にちまちま消した所で、所詮は焼け石に水。ここらで根本を一気に消す事も必要なんじゃねぇか?」
それは今回のランクS依頼を、請ける必然性が有る事を意味していた。
確かにジュウベエの意見には一理有る。ランクS以上は、多くの人々が危機に晒されかねない程の事態。
幸人は暫し考える。
己のその在り方を。
ランクS以上を“ほぼ確実に”完遂出来るのは、特等であるSS級のみ。
S級以下だと失敗の可能性の方が高く、結局自分にお鉢が回って来かねない。
「……行くか」
それが確実に出来るのは、現在は自分のみだという事を。
「そうこなくっちゃな」
既に腹は決まった。
二人は部屋を後にし、何時もの場所へと向かう。
闇の仲介所へと――。
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