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アルメヒティヒカレッジに戻ってからも、僕たちの心に空いた穴は埋まらなかった。
授業中も上の空、何度か担任に叱られたことがあったが、事情を知っていたためか、注意程度で済まされた。災難だったな、と言われたが実際に見てもいないからその悲惨さはわからないだろうと、僕は心の中で八つ当たりをしてしまう。
あれからすでに一週間。
アルフレートは一つの村が壊滅したということで、王宮のほうに向かい、報告書を書きに行った。二日三日したら戻ってきたが、アルフレートはげんなりしており、元気がなかった。というのも、勇者の体裁を保つために、魔物に襲われた村を見つけた。だが、すでに村人は全滅。せめてもと、他に被害が出ないよう勇者が一人で魔物を退治したと。そんなふうに事実は捻じ曲げられた。ゴシップにもそれが載り、勇者様はさすがだと国民に知れ渡った。心優しき強気勇者アルフレート・エルフォルクはまたも名をとどろかせた。
しかし、村壊滅後に魔物の駆除だったので、農村部はおびえてすごく事となってしまった。自分たちの村は大丈夫なのか。勇者様はそうなる前に来てくれるのか。今回の村は運が悪かっただけだ。自分たちの村は、何としてでも守ってほしい……そんな意見もちらほら聞こえるのだとか。
事実、勇者は間に合わなかったし、その村を一度訪れていた。そして、その村で異変を察知できず、離れたところ魔物の襲撃に合って、村は壊滅した――と、アルフレートは自分でそういっていた。
アルフレートのせいじゃない、と僕は言ったが、彼は「魔物を引き寄せる体質だから」と、自分のせいだと背負い込んでしまった。何を言っても、自分のせい、勇者だから、と口にするようになって、まるで壊れた人形のようだった。
僕の言葉が、そして、今回の事件がアルフレートにまた傷を作った。僕は、ゲームのシナリオを知っていたはずなのに。それを食い止められなかった自責の念に駆られる。
アルフレートは今、職員会議に同席している。理由は教えてくれなかったけど。
僕は、いち早く寮に戻って今日の復習をしようと思った。勉強についていけなくなったらまずい。ここ最近は、体調も良くないし……
そう思いながら廊下を歩いていると、見慣れた人物がこちらに気づき駆け寄ってきた。
「テオフィル」
「……ランベルト?」
パッと、顔を輝かせて駆け寄ってきたのは、ランベルトだった。
あの一件以来、彼は僕のことを「平民貴族」から「テオフィル」と名前で呼ぶようになった。アルフレートにはいつも「テオ」と呼ばれているから、正式名で呼ばれるとなんだかくすぐったい。アルフレートは「テオはテオだけど、テオフィルって名前かわいいよね」といつも言ってくれた。確かに、コロンとしたお菓子みたいでかわいい名前だとは思う。
(ランベルト、変わったな……)
相変わらず、教室内では孤立しているけど、それを何とも思わなくなったというか。彼の中でいろいろと踏ん切りがついたのだろう。それは気持ちだったり、劣等感だったり……とにかくいろいろ。野外研修では我を忘れて暴れていたが、もうすっかり元気になったようで、そこは安心した。
アルフレート曰く、僕が聖女の力で、彼の中に植え付けられていた魔力や、それによって暴走した感情をすべて取っ払ったおかげらしい。やはり、聖女の力は偉大だ、とまだ使いこなせていない現状にじたばたしつつも誇らしい。人の役に立てることはやはりうれしいのだ。
「ランベルト、どうしたの」
「テオフィルを見つけたから喋りに来たんだ。文句あるのか」
「ないよ。ランベルト、元気になったみたいでよかった」
「貴様のおかげでな」
と、ランベルトはほほをかきながら言う。
それはよかったと、僕は胸をなでおろしつつ、まだモヤモヤとした気持ちのまま彼の顔をみえなかった。
ランベルトとは正式に友だちになったわけだが、基本的には僕はアルフレートと一緒にいる。でも、アルフレートももう害はないだろうということで、そこまでランベルトを敵視しなくなった。はじめから、力差では、アルフレートに勝てる人はいないし。それと、僕がランベルトをフッて友だちという枠に収まったことが大きい。
僕は、ランベルトの友だちになった、戻れたことに喜びを感じつつも、憑き物が落ちたようなツンデレながらも柔らかくなったランベルトへの対応は少し困った。もとから、こういう明るい性格だったんだろう。ナルシストで、でもツンデレで。それが、ランベルト。
「……まあ、それで、友だちである貴様に少し話したいことがあったんだ。寮の部屋に来てくれないか」
「今から?」
「ああ。この間の研修での出来事についてだ。あの偽物……じゃなかった、アルフレートの野郎の助けになるかもしれないからな」
そう、ランベルトはこそりと耳打ちした。ランベルトの口からアルフレートの名前が出てきたのは珍しかったが、それ以上に、あの研修での出来事というのが引っかかった。
アルフレートがいつ戻ってくるかわからないが、その話を聞くことで、今後彼の役に立てるかもしれないと、僕は二つ返事で了解し、ランベルトについていった。
久しぶりにはいるランベルトの部屋はごちゃごちゃしていて、掃除をしたくてうずうずした。ランベルトは「今度掃除を俺様に教えろ」といったうえで、一番きれいな席に僕を座らせる。
「それで、研修での出来事って?」
「貴様のおかげで、助かった……それは、まず感謝しておく。ありがとう、テオフィル」
「う、ううん。どういたしまして。本当に、ランベルトが元に戻ってよかったと思ってるよ。だって……」
あの時、初めて向けられた殺意。それは忘れないだろうけど。
人に嫌われる怖さというか、つらさを知った。今のランベルトからはそういった気配は全く感じない。好意的に話してくれているのもわかるし、僕もランベルトのことは友達だと思っている。そのうえで、あの日の出来事について詳しく聞く。
「そういえば、アヴァリスは?」
「ああ、あいつなら購買に何か買いに行くって出かけたぞ。あいつは、つかみどころのないやつだな、全く。テオフィルのような可愛さがない」
「あ、ああはは……確かに、アヴァリスは不思議っこって感じがする」
「テオフィルも同じようなものだと俺様は思うが」
「嘘!?」
僕は不思議っこじゃないでしょ、と立ち上がれば、ぷっとランベルトに笑われてしまった。からかわれたのかな、と思いながらも、そんなふうに会話ができたのは初めてで、なんだか少しうれしかった。僕の世界には、アルフレートのほかにロイファー伯爵家のみんながいる。でも、ランベルトのような普通の友だちというのはこれまでいなかった。アルフレートは恋人だし。
なんだかこういうのはいいな、と心の底から思う。
「まあ、そんな話はさておき。俺様は、散策一日目から森の中で迷っていたんだ」
「え、じゃあ、アヴァリスがテントで寝てるっていったのは?」
「あいつ、そんなことを言っていたのか? 目が節穴すぎるだろ……いや、まあ、それでだな。森の中で途方に暮れていた時、黒いローブを羽織ったやつに話しかけられてだな。魔法を放っても、吸収されるみたいで、俺様じゃ手も足も出なかった」
「……ガイツ」
僕がぽそりとこぼすと、ランベルトは目を丸くする。知っているのか? という言葉に対して僕は「ちょっとだけ」とこたえる。
それじゃあ、話が早いと、ランベルトは足を組み替えた。
「そいつは、魔物の中でも強い部類だったのだろう。それで、そいつにつかまった。その魔物に触れられてからはあまり記憶がない。だが、内側に秘めていたものがすべて外に純度百パーセントとなって出ていくような感覚があった。貴様への恋心も、アルフレートの野郎への劣等感も。自分の惨めさも、寂しさも。今思えば恥ずかしい話だ、そんな」
と、ランベルトはそこで言葉を区切る。
やはり、感情を増幅させるというのがガイツの持っている力なのだろうか。固有の七大魔物の力。
ランベルトが一日目から行方不明だったというのは誰も気付かなかったのだろうか。ルームメイトのアヴァリスも……
なんだかまだモヤモヤするところがある。
ランベルトは、その後もどのようにして行動していたか教えてくれた。何でも、その魔物は、触れた大賞の感情を増幅させるだけではなく、触れた人間が体の主導権を譲渡すれば、身体を乗っ取れるとかも。彼は、それをしようとしてしまい、自分の意思で追い出したらしい。ランベルトが考察するに、強すぎる感情や、魔物……ガイツが制御できない感情というのは彼が苦手とするらしい。ランベルトが抱いていたのは、最強でありたいということ。だから、ガイツが体を乗っ取れなかったのだという。
「体を乗っ取る魔物って、それ、まずいよね」
「ああ。俺様は、強い意志があったからよかったものの、普通の人間であれば、感情も体も食われて終わりだろうな。といっても、かなり俺様もヤバかったが」
「そんなことがあったんだ……」
知らなかったな、と僕は膝の上で拳を握った。
あの狂人ともいえるガイツにそのような力まであったとは。もしかすると、その体を乗っ取った後は、魔物としての匂いというのは薄まるのではないかと思った。本来であれば、ランベルトは悪役化して、学園を支配下において……そのとき、ランベルトがおかしくなっていることに、誰も気付けなかったのは、そういうような、人間の身体に魔物が入り込んでいたからなのではないかと。
これはあくまで推察に過ぎないが。
(……何はともあれ、もうランベルトは大丈夫なんだよね)
はじめこそ、彼に近づいた理由は、悪役化させないため。アルフレートの障害にしないため。ランベルト自信が死ぬような未来を回避するためだった。その原作を捻じ曲げようとした行動は、見事に成功し、今に至る。
こちらのエゴのために、利用した形で嫌だったが、今、ランベルトがこうして僕に心を開いてくれる未来は想像していなかったため、それはとてもよかったと思っている。
「ありがとう、ランベルト。教えてくれて」
「……っ、と、友だちだからな。これくらい安い。だが、テオフィル! あのアルフレートの野郎に飽きたら、俺様のもとに来るんだぞ? 俺様は、もっとテオフィルを愛してあげられるんだからな」
「大丈夫、わかれるつもりないから」
友達だけど、恋心も捨てない。ランベルトらしいな、と僕は丁重にお断りする。
アルフレートに嫌われたとしても、きっと僕は彼しか愛せないと思う。でも、そんな彼のこと、まだまだ知らなくて、支えてあげなくちゃいけないくらい脆いこともまた気づいてしまった。
この間の帰省で感じたこと、つけてしまった傷。どうにかならないものかと、僕は目の前のランベルトと見ながら考えてしまう。
(アルは……アルは大丈夫だよね)
ランベルトのように、自力で這い上がれるような強靭メンタルだろうか。アルフレートは強くてかっこいいって思っていても、腹の底が見えないから。無理している彼は、きっともろくて。
また、もやりと胸の中に雲ができる。考えないようにしようと思っても、燃える故郷で見せたアルフレートの顔が頭から離れなかった。
「テオフィル」
「何、ランベルト」
「気をつけろ。きっと、その魔物はまだ近くにいる。何かを狙っていると思うぞ」
「……そう、だね。気をつける。でも、学園にいたら」
どうだろうか。そういおうとして、口を閉じる。
学園も決して安全とは言えないから。ランベルトが悪役にならないからと言って、すべてのフラグをへし折れたわけではない。
僕は、ランベルトに助言をもらいつつ、彼の部屋を出た。すると、部屋の前にはなぜかアルフレートがいて「どうして、ここに?」と僕が聞きたい質問を投げてきた。