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霧が巡るように静かに斬る。斬られた者は、自分が斬られたと気づかないまま、
霧のように崩れる。
於肥後 宗重作。
冷静な性格で、刀を作るときは「人を活かすために作る」と言いながら、最終的に人を斬る刀ばかり仕上げる。矛盾の男。
宗重作の逸品、「霧廻」。
嘉永三年八月。年代のリアリティ。1850年ごろ。幕末の緊張が高まる中で生まれた、“人心を裂く刃”。
――――
様斬を行うのは、山田浅右衛門吉睦。
「肋上」=肋骨のやや上、斜めの袈裟斬りポジションで二ツ胴切りを成功。「完璧な斬撃」。ただし、吉睦本人はこの斬りで“何かが始まった”と感じる。
浅右衛門は、刀身を筆に持ち替えて、
すらすらっと筆を進める。
「霧廻(きりめぐり)」
於肥後 宗重作 嘉永三年八月
山田浅右衛門吉睦試之
肋上二ツ胴 切落
浅右衛門は、乱暴に筆と試し斬り折紙を、
直属の部下に当たる御腰物奉行所 与力、帯刀 隼人に投げる。
――――
「あぁーーーーー!!!」
「浅右衛門殿、どうなされた?」
「こんなんばっかじゃん!!飽きたーー!!」
浅右衛門は座ったまま、背筋を伸ばして天を仰いだ。
空はどこまでも青い。人が斬られようが、蝉が鳴こうが関係ないらしい。
「いやマジでさ。毎回こう。肋上だの二ツ胴だの。たまにはこう……“三段腹斬り落とし”とかないわけ…………?いや!それすらどうでもええわ!!!」
筆を放り投げ、脱力したまま両腕を広げる。
「……それは斬撃ではなく、感想ですね」
――――
帯刀 隼人は、足元に落ちた筆と折紙を拾いながら、声を平坦に保った。
「それに、“飽きた”とは……職務放棄では?」
「いやいやいや、帯刀くん。こっちは毎日、人斬って人斬って人斬って、記録して、斬って、記録して、ついでに飯食ってる間も“この骨格ならいけるか”とか考えてんのよ?もう脳が肉屋よ!」
「……して、その“肉屋の脳”は、次に何を求めておられるのです?」
浅右衛門は黙った。
口を開いたまま、なんとも言えない顔で隼人を見つめた。
そして、ぼそりとつぶやく。
「……斬ったあとに、喋る奴とか出ないかな」
――――
「え?」
「こう、斬った瞬間、“なぜ我を斬った”とか言ってくるの。
こっちが『やべえ』ってなるような。うっすら怨霊。そういう新鮮さが欲しいのよ」
帯刀は静かに筆を置いた。
そして、少しだけ目を伏せ、深く一礼した。
「上申しておきます」
浅右衛門は想う。
時に刺激が欲しい、と。