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「だけど、こんな日が来るとは思わなかったわ!また、童子検非違使《どうじけびいし》の一員に、なれるなんて!」
守恵子《もりえこ》が、嬉しそうに呟いた。皆には、几帳越の声しか聞こえていないが、きらきらと瞳を輝かせ、朗らかに笑っている、守恵子の姿が目に浮かんでいた。
思えば、身分というしがらみのせいで、籠の中の鳥のような生活を強いられていては、皆と一緒に、皆と同じに、と、言いたくなる気持ちもわからなくはない。だが、これは、何も、守恵子に限ったことではなく、守満《もりみつ》も、常春《つねはる》も、上野も、各々に、縛られている事はある。無論、自由気ままに見える、秋時《あきとき》も、例外ではない。
生まれもって与えられた、立場を、どう生きるか、この生き方で、正しいのか、慣例という手本を元に生きていく息苦しさは、実は、皆、同じなのだ。
守恵子は、世を知らない。知らされないよう、生かされている。それが、守恵子の役割であり、立場でもある。
仮にも、姫君と呼ばれる女子達は、皆、世の中から、隠くされるような定めを背負っているのだから──。
「だからこそ、姫君の事は、姫君にしか、わかり得ないと、私は、思うのです」
晴康《はるやす》が、どこか遠くを望みながら、呟いた。
「晴康?」
友の、今まで見た事のない、陰りある表情に、常春は、どう言葉をかければ良いか戸惑った。と、同時に、晴康が言う、童子検非違使再結成とやらには、何がしか大きな意味があるような気がしてきた。
やみくもに、ダメだと反対するのも、どうだろうと、常春の心は揺ぎをみせた。
「なるほど。いくら、内大臣様のお気遣いがあろうと、肝心の、姫君様のお気持ちは、と、いうことか」
「守満様?お気持ち、と、言われますが、気持ちだけで、腹が腫れるとやらの奇っ怪な事が起こりえるのでしょうか?」
「あら、病は気からと、言うでは、ないですか?上野?」
「あれ?なんだか、すでに、童子検非違使が、発動しておりますね」
「あら、ほんと!晴康様の言う通りだわ!」
守恵子が、弾けた。
そこに、危うさを感じたのか、守満が、すぐに、釘を指す。
「守恵子、童子検非違使は、この房《へや》の中だけの行動だよ。昔のように、屋敷の外へは、出てはいけない。それが、守れなければ、即刻、職を解く」
「兄上?」
「……姫君の所に、琵琶法師が現れていた。そして、我が屋敷にも、琵琶法師が、出入りしていた。守恵子、これは、他人事ではない……」
「はい、守恵子様。出入りの、琵琶法師は、盲目どころか、達者に走り、築地塀を飛び越え、逃げたのですから」
上野が、追い討ちをかけるよう守恵子に迫った。
「兄上、上野、どうゆうことですか?なんだか、そら恐ろしい話に、なっておりませんか?」
「だからこその、童子検非違使だろ?都を護るのが、我らが勤め、ですよね?紗奈姉《さなねぇ》?」
「そうです!我らが、守らなくて、誰が、守りますか?!それ故、規律は、しっかり守らなければなりません!」
「あい!わかりました、紗奈姉《さなねぇさま》様!」
「わかれば、よろしい!」
これも、丸く収まったと、言うべき事なのか?
常春は、晴康を見た。しかし、自分の知らない、琵琶法師の諸行を耳にしては、素直に喜べるはずもなく、一抹の不安は拭えなかった。