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ほほほほ、と、上品な笑い声が流れて来た。
「え?!母上様?」
「兄上?母上様が、なぜ?」
「お二方とも、しばし、お静かに!」
上野が守満《もりみつ》と守恵子《もりえこ》を、留めた。
通常、北の方と呼ばれる正妻が、陣地ともいえる、北の対屋《ついや》と呼ばれる棟の中を歩くことは、ほぼない。自分の房《へや》で、女房達と過ごすか、夫の房《へや》で過ごすか。特別な来客時に、客間のある寝殿へ赴くか、と、動きは限られている。
しかも、夫の守近は、まだ、務めから戻っておらず、共に、庭でも望みましょうかなどという、相手は、当然、いない。唯一、相手ができる、息子の守満は、ここにいる訳で……。では、守満、守恵子の母、徳子《なりこ》を、座所より連れ出しているのは、いったい、誰なのだろう。
その答えは、上野が、掴んでいた。
「……阿保時《あほとき》め、なんで、まだ、屋敷にいるのやら」
上野のつぶやきを追うように、徳子が、朗らかに笑いながら、秋時殿は、愉快なお子ですこと、などと、鈴を転がすような声で語っている。
「なんでっ!!!」
守満、守恵子、常春《つねはる》、ついでに、晴康《はるやす》ばかりか、タマまで、わん!と、反応していた。
「あら、本当に、皆、揃って楽しそうだこと。母だけが、仲間外れなのですのね?」
「いえいえ、徳子姫、この秋時《あきとき》も、なぜか、仲間外れにされまして」
ちょっと待った!と、皆は、言いかけた。しかし、徳子の手前、騒ぎは起こせない。守近あっての、屋敷、ではあるが、屋敷を上手く動かして、采配しているのは、徳子。つまり、皆、徳子には、頭があがらないのだ。
とはいえ、日頃穏和な守満も、さすがに、秋時の一言には、腹が据えかねた。
「秋時殿、ではないですか。して、なぜに、我が母上を、徳子姫などと呼び、歓談されておられるのでしょうか?」
「え?私にとっては、北の方様は、永遠なる姫君であらせられるので」
なんとまあ!!よくまわる口で!!
と、ハッキリ言えたら、世話ないのだが、とにかく、徳子の前では、そらぞらしくも、そして、回りくどい言い回ししか出来ない。
「姫、ですか。たしか、私に、守恵子《もりえこ》様は、永遠なる姫君です。と、あー、そういえば、上野にも、永遠なる紗奈《さな》姫だとか、のたまわれておりましたわよねぇ。ほんに、永遠が、続きますこと!」
タマを抱き寄せながら、守恵子が、皆の胸の内を代弁するかのように、言う。
抱かれている、タマは、なぜか、守恵子の言葉に頷くよう、わん!わん!と、逐一吠えていた。
「まあ!タマなの!暫く見ないうちに、すっかり、犬に、なりましたねぇ。最初は、私《わたくし》猫だと思って、うっかり、タマなどと、呼んでしまいましたが、よくよく見ると、犬。まあーこれが、たまげたと、言うことなのかしら?と、あの時知ったのです。とにかく、犬に、なってて、よかったわ」
ほほほほほ、と、徳子は、笑っている。
タマも、得意げに、わん!と、鳴いていた。